書評 『歴史が教えるマネーの理論』 飯田 泰之


著者は、若干33歳にして、東京大学経済学部を卒業後、内閣府の経済社会総合研究所や参議院の特別調査室などで客員研究員を歴任している、超エリート。経済政策を専攻している彼が、歴史を実証分析のツールとして用いながら、マネーの基本的理論を解説したのが本書である。

 このアプローチの意味は、冒頭で明確に記されている。
経済学は社会科学の中で最も論理的に整備された学問であるといわれます。経済学の標準的なテキストを読まれたことのある人は、その議論が「前提を組み合わせて、より大きな結論を導く」という、非常に演繹的な性質を持っていることをご存知でしょう。
 このような演繹的な議論を進める際には、
 ①出発点としての「前提」を決定する
 ②議論全体の、現実世界での量的な「重要度」を探る
 という2点において実証的なアプローチが不可欠です。
 したがって、経済学に関する入門書・概説書は、本来、現実のデータによる実証分析を含んでいなければなりません。しかし、そのようなテキストブックにお目にかかることは稀だというのが現実です。
 (略)
 そこで、本書では多くの人が知っている歴史的なエピソードと、追加的解説の必要が少ない基本的なデータ観察を使って、実証的観点を保った解説を基本方針とします。
 経済や金融は、データが数値化しやすいため、他の社会科学に比べて、論理的に整備しやすい学問かもしれない。しかし、マクロな経済やマネーの動きには、様々な複合要因が絡んでいて、単純化した前提やモデルによって導かれる論理が、実際に機能しているかを測るのは非常に難しい。その理論と現実のギャップを埋めるツールとして、「歴史」というものを使おう、というのが著者の意図である。それによって、金融や経済理論が、現実とどうマッチし、或いはどこにギャップがあるのか、明確にできる。

テーマは、「物価」「為替」そして「金融政策」の3つ。この3つのテーマの基本的理論を、16世紀ヨーロッパの価格革命、第一次世界大戦後のオーストリアハイパーインフレ、1920年代日本の昭和恐慌、第3次吉田内閣の固定相場制選択、幕末開港期の金流出による投機アタック、江戸幕府の貨幣制度の変遷、などの歴史的エピソードによる「実証分析」で解説している。

 解説されている理論自体は、経済学を専門にしていない人でも知っている、ごくごく基本的なもの。すなわち
①マネーの量は、物価と比例し、マネー価値と反比例する
②為替レートは、両国の貿易可能な財の価格が一致されるように調整される
③固定相場制下では、各国の中央銀行はマネー量を決定することはできないが、
変動相場下では中央銀行がコントロールすることができる
など。歴史的エピソードによって、「当たり前」と思いながらも、実際には納得できていない(=自分の中で実証的裏づけがされていない)理論を、体得することができる。
 経済の素人である私的に面白かったのは、マネーの価値は、現時点でのマネー流通量だけでなく、「マネーの流通速度」と「マネー量の期待値(将来予測)」に左右されるという点。前者は、新古典派貨幣数量説でも既に前提とされており、後者は、経済学に「現在」ではなく「将来期待」の概念も取り入れるという近年ブームの「動学モデル」に基づく考え方、という違いはあるが、マネーと物価を考える上では、いずれも重要なポイントと言える。
 それからもう一つ興味深い観点だは、著者が、「過去の経済理論」に注目していること。「当時の人々がどのように理解していたか」を知ることで、正確な時代背景や経済理論の基礎となる「前提」を客観的に分析しよう、というのである。こういうアプローチ方法によって、
・マネーとは、価値の尺度であるだけでなく、そのものが価値をもっていること
・ある政策への判断は、判断者の損得勘定や時代背景・価値基準に左右される
・現在の不換紙幣システムを支えているものは、目に見えない「信用の連鎖」である
など、私たちの歴史的・現実的バイアスのかかった思考をニュートラルな状態に戻す、という強いインテンションが分かる。

経済や金融に興味はあるけれど、どうもデータ解析や論理的な経済学は苦手、、、という私のような人には、頭を整理するのに良い一冊と言える。

 

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