書評・小説 『隼別王子の叛乱』 田辺聖子


田辺聖子さんが自分と同じ「戦中派」世代を描いた傑作長編『おかあさん疲れたよ』には、主人公の妻として、著者自身を投影したような魅力的な女流作家、美未が登場する。彼女は、古代の神話や王朝を題材とした歴史ロマン小説のようなものを書いていて、《<芸術>に関係のないところで仕事して、出来あがってみると芸術でないとはいえない・・・という、そういうあやふやだが一種の市民権を与えずにはいられない》仕事をしているのである。田辺聖子さんの恋愛小説は幾つも読んでいたが、古典に明るくない私は、彼女の古典に題材をとった作品群はちょっと嫌煙していた。でも、『おかあさん疲れたよ』の美未が若い恋人と、古のロマンに想いを馳せながら古都を散策するシーンを読み、『ほっこりぽくぽく上方さんぽ』『花はらはら人ちりぢり』などのエッセイで、田辺さんの豊富な古典知識を目の当たりにしてから、是非とも古典関連の作品も読まなくては!と思い始めた。

前置きが長くなったが、それでこの作品を手に取った次第である。しかし、そういう決意で買ってからも、本棚の間でしばらく温めてしまった・・・何しろ、この表紙、タイトル、である。私世代など、ロマンチック少女のためのコバルト文庫、なぞをついつい連想してしまう。いやいや、でも、田辺聖子さんなんだから!と、気恥ずかしさに怯む心を押さえて、やっとこさ読み始める。いや、別に、そんな大層なことでもないんだけどね。

『古事記』や『日本書紀』に登場する、歴史上の人物を主人公にしたものだ。主人公の隼別(はやぶさわけ)王子は、時の大鷦鷯(おおさざき)大王が見初めた女鳥(めどり)の姫と道ならぬ恋に落ち、姫と大王の座の奪還を賭けて叛乱を起こす。大鷦鷯王は、古墳で有名な仁徳天皇、隼別王子は、その仁徳天皇の異母弟にあたる隼別皇子である。王の弟や甥による叛乱、そして王に属する美しい女性への横恋慕、古今東西、何度も何度も繰り返されてきたある種お馴染みのストーリーだ。

もちろん、勾玉(まがたま)、苧(からむし)、荒稲(あらしね)、足結(あゆい)、狭根葛(さねかずら)、耳連(みずら)、といった大和言葉の美しい響きを耳の中で転がしながら、時に野蛮で時に華麗で勇壮な古墳時代の様相を偲ぶ楽しさは格別だ。ただ、思いっ切り古代ロマンに浸るだけの小説かというと、それだけではない。

面白いのは、大鷦鷯王やその皇后である磐之媛(いわのひめ)太后の感情に焦点を当てているところだ。熾烈な権力闘争に勝ち抜いて絶大な権力を握ってからなお、女鳥姫や隼別王子の無垢な美しさ、若さ、そして巨大な墳墓造営など、果てない永遠への憧れに身を焦がす大王。若い女鳥姫への嫉妬に身を焦がし、行き場のない愛情を一人の息子に注ぎ込みながら、愛しすぎてまた裏切られる磐之姫太后。

物語は、大鷦鷯大王や磐之媛太后といった権力者達だけでなく、彼らに仕える武将や舎人や奴隷や側女など、様々な人物の視点を交えて語られる。主人公の隼別王子やヒロインの女鳥姫は、荒々しい情熱と一途な恋に燃える「若さ」を体現する象徴的な存在として描かれていて、その周囲にいる人々のドラマや感情の錯綜の方が生々しくて惹きつけられる。隼別王子と女鳥姫が叛乱によって若い命を散らした後、磐之姫が溺愛する息子の住之江王子が、女鳥姫の妹である矢田の郎女(いらつめ)をめぐって、同じような悲劇を辿る、という構成なっているのは、『源氏物語』に通ずるような、同じ業を繰り返す輪廻転生的死生観を感じさせる。

田辺聖子さんは、本書の「あとがき」で《この小説ができあがるまで、二十年かかった》と、創作の苦労を語っているが、エッセイ『ほっこりぽくぽく上方さんぽ』で奈良を訪れた際にもこう記している。

私がやっとその『隼別王子の叛乱』(中公文庫)を書いたのは、五十歳に近くなってからだった。若年の隼別はともかく、中年の大鷦鷯大王や、磐之媛太后を書くには、作者の年齢(とし)が足らなかったのだ。二十代や三十代で、老熟の人生を書くのは無理だったのだ。

(略)

それにしても『隼別王子の叛乱』は生みの苦しみが長かった。こっちがそのトシにならなければ生めないものがあるのだ。人間の高年出産はむつかしいが、小説の若年出産もむつかしい。『隼別王子の叛乱』の裏表紙に、「著者が二十年の歳月をかけて・・・」とあるのはハッタリではないのである。

私が手にした2017年の改版では、裏表紙の「著者が二十年の歳月をかけて・・・」の文言は既に無くなっていた。表紙のデザインといい、若者向けのイメージに変更したのかもしれない。それだと、「ロマンチック小説と見せかけて実はいぶし銀のストーリー」という、本作品の良さがイマイチ伝わらないのではないか、とちと心配。でも、古代ロマンに酔いしれる、というのもこの作品の重要な醍醐味ではある。こういう作品で若い人が古典に興味を持って、感情の機微を味わえる大人になってから読み直す、というのが理想的かな、、、などと、勝手に編集者的構想を練りつつ、若い時に古典の勉強をサボった私は、中年になってから同時にやるしかない。古典が苦手な私が頼りにしている、池澤夏樹個人編の『日本文学全集』シリーズ『古事記』を早速購入して、ぼちぼち読み始めているところである。

【参考】

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