書評・ノンフィクション 『パリの国連で夢を食う。』 川内 有緒


ちょいと調べ物があり、珍しく日本人が国連のお仕事について書いたこちらのノンフィクションを手に取ってみたのだが、、、国連はそっちのけで普通にエッセイ的読み物として面白かった。

著者は、日本大学藝術学部放送学科を卒業後、アメリカのジョージタウン大学の大学院で修士号を取得。専門は外交部の中南米。卒業後はアメリカで国際協力を専門するコンサルティング会社に就職した後、帰国して大手シンクタンクの研究職として採用される(最終面接で常務に「最初で最後の日芸卒の職員だろう」と言われたそうだ)。その会社の就業中に何気なく出した国連職員のインターネット公募で、なんと2年後に採用されることになり、31歳の時に単身パリへ。国連本部で約5年半正規職員として勤めた後、日本でフリーのライターとして活動を始める。

うーん、私も人のこと言えた柄ではないが、凄まじいほどの行き当たりばったり感のあるキャリアである。でも、それぞれの人生の舞台での努力のレベルも、突破力も並外れていて、感心仕切りである。ただ行動力があるだけではなくて、アメリカの大学院に一発合格したり、畑の違うシンクタンクでの職務をこなしたりできる頭脳明晰さを兼ね備えてもいる。ものすごく頭が良いのは、この読みやすくて面白いノンフィクションの構成が、いかに上手に構成されているかを見ても分かる。

興味があった国連のお仕事の方は、予想以上にお役所的組織で、こう言うのは国が違う、、、と言うよりも例えグローバル組織になっても、あんまり変わらないんだなあ、と実感。インターネット公募の採用通知が2年後に来る、と言うスピード感も呆気に取られるが、延々と続く形式的な国連総会、硬直的な組織、ケチケチの予算、職場の紙リサイクル一つで上司や他部署の説得や交渉や決裁に延々と時間をとられる、など、大企業・大組織に勤めた経験のある者なら、ため息が出てしまう様子が綴られている。職場の椅子1つグレードアップするだけの予算も制限されているのに、福利厚生は異常に手厚く、しょっちゅうイベントをしたり、建物内で職務時間中に外国語講座を受講できたり、総会期間中は毎晩ダンスパーティーが繰り広げられたり、と言う悠長さもいかにも大組織らしい。当然、限られたポストの正社員が既得権益層として堆積するので、優秀だろうが長期だろうが、ポストに合わなければ延々とインターンや派遣社員を使い回しているようなところも、お役所や大企業は皆同じである。

この手の話をすると個人的に話が長くなのでここらへんでやめておくが、国連はさすがグローバルな組織なので、そういう点ではやはり面白い。人種も出身国も年代もバラバラなユニークな同僚たち。中でも、アルジェリア生まれでイスラム教徒のソヘール、ギニア生まれのアフリカ系フランス人のサキーナといった職場の友人は、フランスの多様性と移民社会の陰も表していて興味深い。本社のカフェテリアで突然催されるサンバカーニバル、ユニセフやFAOや国連難民高等弁務官事務所など様々な国連組織が集まってマルタ島で開催される国連オリンピックなどのイベントも面白い。

しかし、この本で面白いのは、実は国連の組織やお仕事の様子以上に、著者パリの生活模様なのである。難航する住居探しやトラブル続きの引越し、ひょんなことから手に入れたメルセデスベンツ中古車で繰り出すカオスな交通ルール。ヨーロッパ最古のソルボンヌ大学に通ってみたい、というややミーハーな憧れから、なぜだか大学の講師の職を引き受けてしまう顛末も面白い。初夏の夜、広場、公園、路地、橋の上、教会とありとあらゆる場所がステージとなって、街の人々が自由に演奏し歌い楽しむという「音楽の日(Fete de la musique)」や後の恋人(そして夫)となる「旅人」くんと過ごす行き当たりばったりのノルマンディー旅行なんかも、すごく素敵だ。

そして、著者がその後ライターを目指すきっかけとなる、「スクワット」とアーティスト達との出会い。「スクワット」とは、アーティストやホームレスの人々が不法に占拠した場所のことを言い、著者が友人の紹介で出入りするようになった「59リヴォリ」は、家主との長い法廷闘争の末、アトリエを構える権利を獲得し、今ではパリで3番目に来場者が多い人気の観光スポットになっていると言う。日本では絶対に考えられない経緯である。7階建の建物には一つの階に5、6ほどのアトリエがあって、アーティストが想い想いの作品を制作したり展示したりしている。3階には、「イゴバルー・ミュージアム」と言う部屋があり、全てパリの路上で拾ってきたものがぎっしりと詰め込まれていて、この部屋自体のアート的価値が認められて、ドイツの美術展に出品したこともあると言う。

ここにいると、なぜかノスタルジックな感情があふれた。小学生の時に初めて描いた油絵。近所の人から借りたビデオカメラで作ったSF映画。中学生の時に書いた奇妙な青春小説や漫画。高校生の夏休みには、「ロケ」と称して、みんなで一泊旅行をして映画を作ったっけ。だから私は大学で藝術学部に行ったんだ。あの頃は、いつも作りたいもの、書きたいことがいっぱいあった。

私はいつから、ああいうことをやめてしまったのだろう。

著者の川内有緒さんは、スクワットでのアーティスト達との出会いを通じて、自分でも何かを表現したい、書きたい、という強い想いを再発見していく。ライターとしてやっていく、という何のアテもない未来と、天下の国連で得た貴重な正規職員、という立場を天秤にかけて悩む姿も、正直でとてもとても共感がもてる。(なにしろ、《羽毛布団のごとく暖かい》福利厚生に、一生もらえる《かなりの額の》年金もあるのだ)

トータルするとエッセイとしてはかなり長い本になるのだが、構成の仕方も良いので面白くスラスラと読めてしまう。著者の頭のキレを感じさせる。国連に興味があってもなくても、パリに行ったことがあってもなくても、若い人もそうでない人も、楽しく読める本である。

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