書評・小説 『アズミ・ハルコは行方不明』 山内 マリコ


燃え殻さんの『ボクたちはみんな大人になれなかった』の記事で書いたように、小説における時代性って結構大事で、それがピタリとハマった時には、作者や作品の好き嫌いを超えて強く印象に残ったりする。山内マリコさんのデビュー作『ここは退屈迎えに来て』を読んだ時もそうだった。作品の上手さや深さはそんなに感じなかったけど(失礼!)、私とほぼ同年代の女性が描いた視点が妙にリアルに突き刺さってきたのを覚えている。タイのバンコクに駐在中で、Amazonの電子書籍で購入される本が限られていたのでたまたま読んでみたはずだから、今から6、7年くらい前だろうか。それからずっと読んでいなかったけど、映画化もされたこの作品をふと手にとってみた。

『ここは退屈迎えに来て』もそうだったけど、山内マリコさんは珍しく「今時の地方に生きる若者」をテーマにしている。今回も、その「今時の地方に生きる若者」のリアル感がなんとも良い。都会で働く若者の生き方やその孤独、というテーマの小説は多いけど、ここまで地方のリアル感を出している小説って珍しいんじゃないだろうか。私は18歳で故郷を出て以来、たまに数日帰省するしかしてないのだけど、それでもたまに地元に残った或いはUターンした友達とのやり取りや、子供を産んでから地方で暮らした生活感から、分かるなあ、と何度も頷きながら読んだ。

都会出身やずっと都会暮らしの人には分からないのでは無いだろうか、この感覚。10年前くらいから急に建てられ始めた巨大なショッピングセンターが地方のメインスポットである。『ここは退屈迎えに来て』でも、このショッピングセンターが大きな役割を担っていた。ここで、デートでも家族の食事でも友達との遊びでもバイトでも完結する。その他には、大きな国道や街道沿いに並ぶ家電量販店とドラッグストア、キャバクラとパチンコ。娯楽や仕事の全てがその辺りに集中する。キャバ嬢のバイトを辞めた愛菜ができる仕事と言えば、ネイリストかショップ店員か。真面目な子はアズミ・ハルコのように、「パワハラ」「セクハラ」といった言葉など知る由もない昭和のおじさん達が君臨する零細企業の事務職にしがみつく。どこも切り取っても代わり映えのしないライフスタイルと、ネットで外の世界や情報と奇妙にコネクトしている生活。

最後にカタルシス的に取り入れられるのが「地方再生プロジェクト」の「地方アート展」なんてところも面白い。有名アートプロデューサーが名前貸ししてぶち上げたは良いが、盛り上がるのは初めだけで、「箱モノ行政」の成れの果てのような謎の建造物に展示されたアートを観に来る客など殆ど癒やしない、、、なんて現実も、よーく研究されている。

地方の若者の閉塞感を描き出すと同時に、フェミニズムもこの作品のもう一つの大きなテーマである。タイトルの「アズミ・ハルコ」が、特名で匿名の地方に生きる若い女性の生きづらさを象徴している。特にやりたいことも特技もなく、キャバクラの後もバイトを転々としては、同級生男子と関係を持って振り回されている愛菜も同じだ。そして、そこに挿入される「女子高生ギャング団」という謎の集団によるファンタジー。「女子高生」という、モラトリアム期間で、メディアや世間から大人扱いされていなくて、そのくせセックス対象商品として扱われている集団。彼女達が一方的な被害者から、突然見ず知らずの男性をリンチする加害者へと変貌する。

と言っても、この小説は(最近の人気小説が殆どそうであるように)フェミニズムをサラッとなぞってはいるが、大きな問題提起も解決策の提示もしていない。一応のカタルシスはあるものの、私としてはあんまり納得がいかないラストである。

フェミニズムについては、何度も言っている通り苦手な分野で、でもそろそろ避けて通るわけにはいかないので、今年はもう少し勉強してみようかなあ、なんて思っているのだが。しかしまあ、ちょっと触りを勉強し始めて感じることは、自分が「日本の一般女性」には当てはまらない、という事実である。当たり前だけど、東大卒で財閥系企業の総合職になった女性なんて、レア中のレアなのだ。決して自慢しているわけではない。そもそもレアであることをあんまり意識してこなかったくらい特殊な環境で生きてきた、ということである。だから、中々「日本の一般女性」(というのがそもそもなんなんだ、という問題はさておき)の立場を想像して社会的な問題を考える、ということと、自分の個人的な経験や生き方とが上手くリンクしてこない。簡単に言えば、この小説でのアズミ・ハルコや愛菜の主体性の無さや努力の方向性に殆ど共感が持てない。だから、さっき地方での彼女達のライフスタイルについて「分かるなあ」なんて書いたけれど、実際に彼女達から「何も分かってない」と言われたら「すみません、分かりません」としか言いようがないのかもしれない。その閉塞感や孤独感や「どこにも辿り着けない」感は、想像の上にある。

ま、そんな小難しい話はさておき、都会の若者ではなくて地方の若者の閉塞感、というのを描いているという点では、山内マリコさんの作品は面白い。7年程前に初めて読んだ時はまだデビューしたて、という感じだったけど、この作品もデビュー作も映画化されてあっという間に人気作家になってしまったようだ。『あの娘は貴族」など、ローカルの視点から東京に舞台を移した最近の作品もまた読んでみたいと思う。

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