書評・小説 『マンハッタン・ビーチ』 ジェニファー・イーガン


『ならずものがやってくる』でピュリツァー賞を受賞したジェニファー・イーガンの長編小説。2017年にアメリカで出版され、ニューヨーク・タイムズのベスト・ブックスに選出された。読後、筆者の経歴に興味を覚えてWikipediaを見ると、「スティーブ・ジョブズの元カノ」などというゲスな話題が出てきて、思わず反応してしまう私。なんでも、ペンシルヴァニア大学在学中に彼女のベッドルームにマックを設置してくれたのはジョブズだったとか。私は未読だが、ジョブズの伝記では、彼女に会う為だけに多忙なスケジュールの合間を縫って、ボストンからフィラデルフィア行きの飛行機に飛び乗って出かけた、との逸話もあるらしい。(ソースはこちら)何が言いたいかって、ただ、ゲスな噂話です(笑)

で、肝心の作品の方。『世界の8大文学賞』の記事で、ピュリツァー賞受賞作には《「アメリカらしさ」や「アメリカとはなにか」を描いているものが多い》と書いた。《これはアメリカ文学自体に共通する性格でもあるが、普遍的な人間性や社会の深奥よりも、「アメリカそのもの」を主題にしたものが実に多い。それはもちろん、人種と移民の問題、ルーツ、歴史といったものの反映である》。

この作品自体は、ピュリツァー賞を受賞しているわけではないが、そういう点は共通していると思う。第二次世界大戦下のニューヨークを舞台に、アイルランド系移民で港湾労働者として働く男性エディ、その娘のアナ、イタリア系移民でマフィアとして成り上がったデクスター・スタイルズの3人の物語が交錯する。移民、というテーマはもちろん、周囲や上司からの様々な抑圧や嫌がらせをはねのけて、女性初の潜水士を目指し、最後にはシングル・マザーになることを選んだアナを通して、それまで社会の脇役だったマイノリティとしての「女性」が描かれている。主人公たちの周りには、黒人や同性愛者といった別のマイノリティも現れる。「戦争」は彼ら全てのマイノリティを「愛国」というスローガンの元に飲み込んでいく。特別な非常事態においては、今まで脇役だった彼らが波に呑まれてごた混ぜになり、思わぬ中央舞台に一時的に押し上げられることもある。「アメリカは戦争を通じて一つの国になったのだ」というどこかで読んだフレーズを思い出す。

日本人からすると、太平洋戦争をアメリカ側の視点から描いている、という点も興味深い。それも、今までによくある「リメンバー・パール・ハーバー」的な、やたらと勇猛でパトリオティックな論調とは少し違う。物語の中では、アナの叔母ブリアンが《そもそも、やらなくていい戦争なのよ。ジャップたちがルーズヴェルトの罠にかかっただけ。金を払ってやらせたと聞いたって驚かないわね。あの狸親父なら》と言う。デクスターの義父、アメリカの財界を牛耳る名門一族の長老アーサーは、この戦争について《見通しを立てるのは海軍じゃない。陸軍でもない。沿岸警備隊でもない。彼らの務めは勝利することだ。先を読むのは銀行家の務めだーまあ、第二の務めだな、戦費調達の次の」》と語る。この物語で描かれる戦争には、終始、何処か空虚感と喪失感が漂っている。

それでも、戦争というのはやはり一種のカタルシスをもたらす。デクスターは戦時公債の買い占めでという秘策で、日陰の身から表舞台に踊り出る野望に駆られ、自滅する。エディは仇敵であった黒人の甲板長と運命を分かち合い兄弟分の仲になる。アナは、戦艦ミズーリの進水式のニュース映画をカリフォルニアの映画館で見届け、私生児の未婚の母の姿を架空の兵士の未亡人にすり替える。潜水士でアナの友人バスコムは、遂に海軍入隊の許可が降り、婚約者の父親から認められる。そして、ブリアンはこう言うのだ。

「戦争なんてばかばかしいって言ってたじゃない」

「戦争をはじめたやつらはそうよ。でも、戦地に行く立派な若者たちには、、、なんの罪もない」

「父さんは兵士じゃないのよ、おばさん、商船の船員なんだから!」

「だから戦ってないとでも?」ブリアンは声を荒げた。「彼らだって同じように身を挺して流のよ、なんの称賛も期待せずに。勲章もなければ、礼砲もなし。所詮は商船の船乗りで、世間の目から見ればはぐれ者も同然なのに。彼らこそ本物の英雄よ、あたしに言わせればね」

おばの声ははっきりと震えていた。英雄的行為だけは、ばかにする気になれないらしい。

カタルシスはあっても、彼らにハッピーエンドは用意されていない。デクスターは無惨に撃たれ死に、彼の子供を宿して生きていくアナと家族を捨てた代償を払い続けるエディが見つめる先で、船は霧の中に包まれている。敗戦国側の一員としては、このほろ苦さと喪失感の代わりに、戦争についてのある種のジャッジが避けられてしまったことにモヤモヤが残る。しかし、このようにしか描けなかったこの国の複雑さもまた理解できる。

巻末の訳者あとがきによれば、《失われようとしている若さと力と輝きに満ちたアメリカー“理想や、言語や、文化や、生活様式を世界に輸出する“と本作中で描写されるアメリカーの姿は、いつ、どのように形作られたのだろうか。イーガンはその問いの答えとして第二次世界大戦下のニューヨーク・ブルックリンを舞台としたこのManhattan Beach(2017)を書いたという》。それでは、《9・11後の“老いた““凋落し始めた“アメリカが描かれた》前作『ならずものがやってくる』を読めば、このモヤモヤは少し解消されるのだろうか。それとも、モヤモヤは深くなるのだろうか。試してみたい。

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