『イサム・ノグチ-宿命の越境者 』ドウス 昌代



ボーダレスということに魅了される。今までもずっと、ボーダレスな学問、ボーダレスな芸術、ボーダレスな人物・・・といったいものに魅力を感じてきた。そういう意味で、イサム・ノグチの、アメリカと日本どちらにも属さない生き方も、パブリック・コマーシャル・庭園・建築・彫刻と既存の範疇におさまらないアートも、真にボーダレスで魅力的で、この本を読んでいるだけでわくわくしてしまった。

若い頃は、小説ばかり読んでいて、他のものが読めなかった。とりわけ、ドキュメンタリータッチや事実やデータの並んだノンフィクションものなどは、無味乾燥に思えて手にとらなかったのだが、最近では、こういうノンフィクションがすごく面白いと思う。

多分、若い頃だったら、イサム・ノグチ個人の人生や芸術面での葛藤や苦悶、周囲の人々との関わり-とりわけ、葛藤に満ちた母や、39年間裏方に徹してイサム・ノグチの代理人として仕えた女性プリシラ・モーガンや、晩年のイサムに夫公認で愛人として連れ添った43歳年下の川村恭子との関係-などを、もっと深く立ち入って描いていないことに物足りなさを感じたかもしれない。

でも、対象に深くコミットして感情的・情念的な側面を描くということは、他方で、一面的・一方的になってしまう危険がある。そんな風に、人の内面や感情に一方的に立ち入るのではなくて、事実を一つ一つ丁寧に積み上げて描くことで、色んな解釈や深い余韻を可能にする。

人の生き方や関係なんていうものは、ほんとは複雑で、他人がその見えてる部分だけで一刀両断できるようなものではない、ということが、わかったからかもしれない。要は歳とったということだろうけれど、そういうのが楽しめる自分になったことを嬉しく感じられる、良質なノンフィクションだった。

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