書評・エッセイ『世界ぐるっと朝食紀行』 西川 治


写真家、画家、そして料理研究家でもある西川治さんが、「朝食」をテーマに世界各地の旅の様子を記したエッセイ集。この方が世界各地と言えば、それは本当に世界各地。ヨーロッパやアメリカは勿論、トルコのバザール、モロッコの砂漠の民ノマドのテント、メキシコの市場、フィジーの原住民が住む村、タイの仏僧たちが寄進を持ち寄る寺、モンゴルの遊牧民たちのゲルなど、本当にあらとあらゆるところでの「朝食」の風景が描かれている。

自身が料理研究家として、何十冊もの料理本を手がけているだけあって、食事の描写も淡々としながらも必要なところは詳細まで描かれていて、食欲を刺激する。あっさりと書いてあるのだけれど、読んでいるうちに描写に引き込まれて、いつの間にか自分も、ベトナムの屋台でフォーを啜っていたり、ウィーンのカフェでクロワッサンを齧っている気分になる。

旦那が食いしん坊で、やたら映画や本の食事シーンにやたら敏感なので、最近私もそういう目で映画とか観るようになってしまったのが、普通の映画の中でも、ちょっとした食事シーンって案外多いものだ。やっぱり、人間の想像力を刺激するのに、五感に訴えかけるのってとても大事なことなんだと思う。誰にとっても卑近な「食べる」という行為を通じて、登場人物や情景に感情移入しやすくなる、という効果があるのではないだろうか。

だからこそ、旅のエッセイには、食べ物の描写は欠かせない存在。宗教的行事やら、儀式やら、街の風景、建物、衣裳、そういうものは幾ら語られても、中々実際に観たことが無かったり、バックグラウンドの知識が無かったりすると、ピンとこないもの。でも、食べ物だけは、誰だって、あんな風かな、こんな風かな、と容易に想像できて、そうやって想像することで、ちょっとだけその場に瞬間移動したような気持が味わえる。いや、そこまで創造力を逞しくできるのは、そもそも私が食いしん坊だからだけかもしれないが

42回分の朝食が掲載されていて、どれもそれぞれにおいしそうだし、興味深いが、特に印象深かったものを挙げろと言われれば、パリとスコットランドの朝食。

パリでは、ホテルの部屋のベッドサイドに大きなプレートを載せて「彼女=今のカミさん」と、ミルクたっぷりのカフェオレクロワッサンをびしょびしょに浸して食べてから、今日はどこへ行こうかと、ベッドに戻ってうつらうつらしながら考える、そんな冬の朝の情景が素敵だ。

スコットランドでは、白夜の真夜中、スコッチを握って釣りに出かけ、震え上がって明け方にホテルに帰り、釣ってきたトラウトを焼いてハーブ入りの焦がしバターとレモンをかけて、朝から白ワインと一緒に頂く、というのがたまらなくおいしそう。

でもこうやって改めて書いてみれば、どちらも食べ物自体はなんてことないシロモノ。クロワッサンとに鱒、どちらも安いし、食べようと思えば日本でもすぐに食べられる。結局、食事というのは、食べ物ではなく、一緒に食べる人やシチュエーションによって、こんなにも魅力的なものに変化するのだ、と改めて当たり前なことを実感したワタクシでした。

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