書評・小説 『透光の樹』 高樹 のぶ子


高樹のぶ子は、『百年の預言』と『光抱く友よ』の2作品を読んだだけだが、男女の性の違いというものをすごく掘り下げて、的確に書いているので、興味を持っていた。この作品は、中年男女の燃え上がるような恋と性愛を描いて、谷崎潤一郎賞を受賞したことでも有名である。

がしかし。

私はどうしても、こういう中年男女の、消え入る前の火が最後の燃え盛りを見せるような性愛、みたいなものを主題とした作品にある種のうさんくささ、と言うか、欺瞞みたいなものを感じてしまうである・・・

ストーリー。25年ぶりに再会した千桐と郷は、お互いに家庭や子供もある身でありながら、激しい恋に燃え上がる。始めはそんな燃えるように純粋な恋の想いをお互いに認められず、子連れで出戻り、父親の看病に金策に苦労している千桐にお金を工面する見返りとして、肉体関係を持っているかのように振舞う。互いに自分の気持ちに素直になり、次第に心を許していく二人だが、そのような関係も束の間、郷は癌に冒され、迫り来る死を前に、二人は分かち難く身体を重ね合わせる。郷が逝った後の千桐は、郷と同化して失った身体の右半分が痛むと言い、いつしか正気を失い、最後まで恋に溺れた女として晩年を過ごす。

中年男女の燃え上がる恋は、いつも後ろに控えた死と共に描かれる。そして、未来がなくて、実務的な世間のしがらみ(あの人と結婚するだろうかとか、今後の生活はどうするんだろうか、とか)が無い分、そこにはある意味で性愛の純的姿が浮かびあがる。死を意識して、それでも生きることの孤独を埋めようとして、あるいはもっと動物的に、一瞬の生きる瞬間を確かめたいがだめだけに、男と女が交わる姿は孤独で悲しい。だからこそ、そういうシチュエーションが必要なのだ、という作家の意図はよく分かる。
でも、なんだかそういう性愛の姿を、「至高の愛」のように美化するのはどうなんだろう、という気がしてしまうのだ。

燃え上がる恋、死を前にして純粋に凝縮された「性」と言う割には、主人公たちは東京と金沢で、それぞれの家族や仕事と日常の生活を続けながら、束の間の逢瀬に身を焦がしているだけ。癌に冒され、余命いくばくもないと自覚した郷は、手術を受ければ多少は生きながらえるかもしれないが、性機能に障害が残る危険性があるために、敢えて手術を受けない、という選択をする。しかし、そんな命とひきかえに恋を選ぶような人間が、何もかも捨てて女の元に走るのでもなく、東京で普通の日常生活を続けている気持ちが全く想像できない、、、と言うのは、まだ自分がそれなりに若いからであろうか。

いや、ただ単に美化しているのではなく、肉欲の悲しみも生きる孤独も描いているのだ、と作者は反論するのかもしれないが、その割に掘り下げ方が足りないのでは、というもやもやした気持ちが残る・・・特に釈然としないのは、主人公たちが共に生きてきた子供やパートナーの姿が十分に描かれていないこと。それはまるで「無視されても仕方のない人たち」のように、すごくあっさりとストーリーから遠ざけられてしまっている。郷の妻と子供についてはほとんど言及されないし、千桐の娘、眉に至っては、恋に狂って老いていく母を理解できず「本当の恋を知らない女」として物語の最後に姿を現すだけ。
千桐は右手で自分の右耳を撫でるようにしながら、なまめいた震える声で呟き続けている。
「あなたのこの右耳は、僕の耳・・・右の乳房は僕の右胸・・・」
聞き間違いではなく、確かに、僕の耳僕の右胸と言った、そうわかったとき眉は、何か名状しがたい不快なものと、哀れみと、羨望のようなものを覚えて立ちすくんだ。眉には母親が、どんな妄想に摑まっているのか見当もつかなかったが、自分とは無縁の、自分には一生味わえそうもない大きな幸福を、その毀れかけた体に閉じ込めているような気がしたのである。
性愛の悲しみや本当に生きる孤独は、中年の男女に、生活や人生の時間を共に分け合った人間がいながらも、「なぜ、この人たちでは死を前にした孤独という問題を解決できなかったのか、「なぜ、この人たちよりもそのはかない性愛を選ばねばならなかったのか」というところを突き詰める過程で描かれるのではないだろうか・・・究極的な男と女の性愛の姿は、究極的に孤独でエゴイズムに満ちた人間の姿でもあり、それだからこそ悲しいし真実でもあるのだけれど、エゴイズムの方に余り焦点をあてず、二人の男女の想いだけを純粋なもののように描くのは、なんだか片手落ちのような気がしてしまう。

とは言いつつも、この手の作品が人びとの共感を呼んでいるのは事実で、話題作だからと一応前向きにとらえてみるものの、渡辺淳一の『失楽園』や村山由佳の『ダブル・ファンタジー』を読んだ時と同じもやもや感を抱いたまま今宵も終了していくのであった・・・

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