エッセイ一覧

書評・エッセイ 『ほっこりぽくぽく上方さんぽ』 田辺 聖子

ロングアイランドの次は関西が気になる、ということで、関西を舞台にした小説をぽつぽつ読んでいるうちに、関西に縁もゆかりもない私でも段々と土地勘が出てくる。そうすると地理的なことにも興味が出てきて、私にとっては今一番の関西文学ガイド役である田辺聖子さんの、こちらのエッセイを読んでみたくなった。平成7年12月号の『オール讀物』に5年にわたり連載されたのを纏めたものである。大阪出身の著者が知り尽くした大阪キタ、ミナミから尼崎、貝塚の他、和歌山の熊野、京都の祇園や宇治、神戸や奈良に至るまで、編集者と一緒に巡る文学散歩。田辺聖子さんと一緒に「ほっこりぽくぽく」ゆっくり読んでいこうと思っていたのに、あんまり面白くてついつい一気読みしてしまった。大阪人でもないのにせっかちな私である。

続きを読む

書評・エッセイ 『太宰婚 古本カフェ フォスフォレッセンスの開業物語』 駄場みゆき

新しい本屋のかたちに興味があって、大井実『ローカルブックストアである 福岡ブックスキューブリック』や辻山良雄『本屋、はじめました』などの本を読んでいるが、こちらは新刊本屋ではなく、東京・三鷹で古本屋+カフェの形態で開業した駄馬みゆきさんのエッセイである。

タイトルの「太宰婚」とは、太宰治好きが縁となり、桜桃忌に開催された太宰治関連ブログのオフ会で、太宰治の墓前で現在の伴侶に出会ったという著者のエピソードを元にしている。店名の「フォスフォレッセンス」も、太宰治の短編小説に由来しており、開業ストーリーというより、全編に著者の太宰治愛エピソードが溢れた、個人的エッセイという感じである。

続きを読む

書評・エッセイ『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』 森下 典子

話題の書なので、今更ながら読んでみたのだが、素直に良い本でした。

森下典子さんの、シンプルでストレートな文章がとてもとても良い。「茶道」の心得とか精神とか、そんな堅苦しいことではなく、著者の「お茶」の経験と関わりを語ったエッセイなのだが、実はかなり奥深いところにも触れている。 続きを読む


書評・エッセイ 『またたび』 伊藤比呂美

軽いものが読みたいなあ、と思い、初めて伊藤比呂美のエッセイを読んでみた。始めは、ぷつぷつ切れて美しくない読みにくい文章だなーと思って、余り気乗りしないで読んでいたが、段々面白くなってきてしまい、最後の方は読み終わるのがもったいない、と思うほどに。

前夫の間にもうけた3人の娘と、ユダヤ系イギリス人の「つれあい」と、カリフォルニアで送る日々を綴ったものが、「食」という側面から、異文化や異国との接触、日本と日本人のアイデンティティとか、よく捉えられているそれから、そういうこむつかしいことを排して、異国の珍しい食べ物・料理から、日本人が骨の髄までうまさを知っている定番の食べ物・料理から、色々でてきて楽しい読み物だ。

私自身、著者のように摂食障害まではいっていないものの、20歳くらいまで、全ての野菜と果物が嫌い、という超偏食時代を経た後、段々食べる楽しみを覚え、食べられるもの、おいしいものがどんどん増えていき、今ではどちらかと言えば好き嫌いの少ない方&どちらかと言わなくても間違いなく食いしん坊なほどになっている。そして、私の「つれあい」が、またとてつもない食いしん坊なので、おいしいものを食べに行ったり、自分で料理もしてみたりして、どんどん食いしん坊になっている。ただ単に「食」のエッセイというだけでも十分に楽しめた。

でも、彼女の面白さは、そういう表面的なところにとどまらない。私は、どちらかと言えばフィクション好きで、エッセイを面白い、と思うようになったのは、大分大人になってからなので、エッセイの評価はいまいちよくわからないところがあが、とにかく、面白いエッセイを書く人、というのは、ものすごく場面や情景や、何と言うか「事実」の切り取り方が、鮮やかだと思う。ストレートで飾らない(時には稚拙と思えるほどの)言葉と文章の中に、ものすごい見事で、その人にしかできない切り口で、一瞬だけ、深い真理や人生の深層を浮かび上がらせてみせる、そういう技をもっているのが、すぐれたエッセイストなのではないかなーと。

そういう意味で、詩人が良きエッセイストになるのも頷けるのかも江國香織さんも、小説だけじゃなくエッセイもものすごく面白いのだが、彼女もちょっと、詩人めいた要素があると思う。短いだけに言葉に超敏感で、研ぎ澄まされた感覚の持ち主。俳句の世界に通ずるような。

アメリカで「カボチャとウリとヒョウタン」と「コヨーテ」を見たかった、という作者。「カラカラ鳴る闇」というものを見てみたいと思い、「ねっとり、もちもち、ほくほく」とか「つるん、ぷるぷる」とかした食べ物を恋焦がれる作者・・・そういう姿に、日本の風土や気候の本質やら、異文化との違いやらが、ぞくっとするくらいはっきりと浮かびあがる。ほんとに一瞬だけなんだけれど、見事で、「ああ、そうだ、そうだった」と、初めて自分が無意識に感じていたことに気付かされるような感じ良きエッセイで味わえるあの感じ。

それにしても、今日の夜ごはんは何を食べよう。トルティーヤをつくろうか、ネパール風カレーにしようか・・・と思いながら、ああ、でも、ほんとは作者のように、卵かけごはんが食べたいかも。


書評・エッセイ『世界ぐるっと朝食紀行』 西川 治

写真家、画家、そして料理研究家でもある西川治さんが、「朝食」をテーマに世界各地の旅の様子を記したエッセイ集。この方が世界各地と言えば、それは本当に世界各地。ヨーロッパやアメリカは勿論、トルコのバザール、モロッコの砂漠の民ノマドのテント、メキシコの市場、フィジーの原住民が住む村、タイの仏僧たちが寄進を持ち寄る寺、モンゴルの遊牧民たちのゲルなど、本当にあらとあらゆるところでの「朝食」の風景が描かれている。

自身が料理研究家として、何十冊もの料理本を手がけているだけあって、食事の描写も淡々としながらも必要なところは詳細まで描かれていて、食欲を刺激する。あっさりと書いてあるのだけれど、読んでいるうちに描写に引き込まれて、いつの間にか自分も、ベトナムの屋台でフォーを啜っていたり、ウィーンのカフェでクロワッサンを齧っている気分になる。

旦那が食いしん坊で、やたら映画や本の食事シーンにやたら敏感なので、最近私もそういう目で映画とか観るようになってしまったのが、普通の映画の中でも、ちょっとした食事シーンって案外多いものだ。やっぱり、人間の想像力を刺激するのに、五感に訴えかけるのってとても大事なことなんだと思う。誰にとっても卑近な「食べる」という行為を通じて、登場人物や情景に感情移入しやすくなる、という効果があるのではないだろうか。

だからこそ、旅のエッセイには、食べ物の描写は欠かせない存在。宗教的行事やら、儀式やら、街の風景、建物、衣裳、そういうものは幾ら語られても、中々実際に観たことが無かったり、バックグラウンドの知識が無かったりすると、ピンとこないもの。でも、食べ物だけは、誰だって、あんな風かな、こんな風かな、と容易に想像できて、そうやって想像することで、ちょっとだけその場に瞬間移動したような気持が味わえる。いや、そこまで創造力を逞しくできるのは、そもそも私が食いしん坊だからだけかもしれないが

42回分の朝食が掲載されていて、どれもそれぞれにおいしそうだし、興味深いが、特に印象深かったものを挙げろと言われれば、パリとスコットランドの朝食。

パリでは、ホテルの部屋のベッドサイドに大きなプレートを載せて「彼女=今のカミさん」と、ミルクたっぷりのカフェオレクロワッサンをびしょびしょに浸して食べてから、今日はどこへ行こうかと、ベッドに戻ってうつらうつらしながら考える、そんな冬の朝の情景が素敵だ。

スコットランドでは、白夜の真夜中、スコッチを握って釣りに出かけ、震え上がって明け方にホテルに帰り、釣ってきたトラウトを焼いてハーブ入りの焦がしバターとレモンをかけて、朝から白ワインと一緒に頂く、というのがたまらなくおいしそう。

でもこうやって改めて書いてみれば、どちらも食べ物自体はなんてことないシロモノ。クロワッサンとに鱒、どちらも安いし、食べようと思えば日本でもすぐに食べられる。結局、食事というのは、食べ物ではなく、一緒に食べる人やシチュエーションによって、こんなにも魅力的なものに変化するのだ、と改めて当たり前なことを実感したワタクシでした。