英文学一覧

書評・小説 『ラブ&デス』 ギルバート・アデア

またまたロングアイランド好きの私にもたらされた朗報。ロングアイランドを舞台にしたこちらの小説、しかも、著者はこの間観たベルトルッチ監督の映画『ドリーマーズ』の原作者でもあるギルバート・アデアで、こちらの作品も1997年に映画化されているという。これは読むしかない。

「多芸は無芸」というけれど、そういう言い方は無芸な側のやっかみも入っているかもしれなくて、ギルバート・アデアみたいな才人を見ていると、やっぱり「多芸は多芸」だなあ、という気がしてくる。

映画評論家。文化批評家。翻訳者。作家。そのどの仕事を見ても、何かかならず、アデア独自のひねりが効いている。

自身も文芸評論家、翻訳者、東京大学名誉教授、と多芸ぶりを見せつけている柴田元幸さんがあとがきで述べている。

続きを読む

レビュー・映画 『つぐない』

2007年公開、イギリス、フランス、アメリカ制作。『プライドと偏見』で評判の高かったジョー・ライト監督とキーラ・ナイトレイのコンビ第2弾。第65回ゴールデングローブ作品賞、第80回アカデミー賞では7部門にノミネートされ、やはり『プライドと偏見』で音楽を担当したダリオ・マリアネッリの作曲により、作曲賞を受賞した。 続きを読む


書評・小説 『土曜日』 イアン・マキューアン

現代作家で次の作品を読むのが楽しみな作家の一人。

タイトル通り、午前4時の突然の目覚めから始まった、中年の脳神経外科医の男にとってのある土曜日の刻一刻を、濃密に描く。ロンドンに住むある中年男の土曜日一日を描くことで、現代に生きる人々の不安や不条理、戦争、社会的格差、家族、孤独、老い、ジェネレーション・ギャップ・・・あらとあらゆる要素が、この物語の中に凝縮されている。作品の中で、才能ある若き詩人である主人公の娘が、アンナ・カレーニナボヴァリー夫人について述べているように、まさに「神は細部に宿る」ということを体現している。

イアン・マキューアンの語り口は、いつもとても濃密なので、読者はストーリー展開と溢れるディティール描写に巻き込まれて、小説を読む陶酔感にどっぷり浸れる。何と言うか、小説らしい小説を読む楽しみ、みたいなものがあるのだ。

この作品は、特に全体の濃密なディティール描写にうっとりとさせる一方で、ストーリーは何となく不穏なものを含みつつゆっくりと進行し、結末では突然、スリリングでスピーディな展開をするという見事なテクニックが心憎い。作者の意図通りで少々癪なくらい、その鮮やかな対比が読者の心を打つ。

マキューアンの作品を読むのは、贖罪『初夜に続いて三作目だが、翻訳されている長篇ものは是非とも全部読んでたい、という気にさせられた作品だった。

〈参考〉

江國香織さんの書評はこちら



『浮世の画家』 カズオ・イシグロ

実は読むのは3度目。カズオイシグロの作品は、いかにも海外文学らしいというか、本当に繊細で微妙な作風なので、レビューするのをついつい怠ってしまい、結果、なんの話だったかすらあまり覚えてなかったり…(笑)この手の作品って、ただ物語に乗って漂っているのが最高に気分が良くて、読後に分析したり語ったりすることで、何かが損なわれるような感じがしたり(←言い訳)

今度こそ、と重い腰を上げてレビューしてみよう。先日読んだ『遠い山なみの光』と同じく、戦後を舞台にした物語。もっと正面切って「戦争」をテーマにしているが、なんというか、カズオイシグロの場合は、戦争はあくまで歴史的なものではなくあくまで個人的なテーマに還元されている。歳をとってくると、そこが、なんとなく物足りないような、踏み込み方が足りないような感じもするのだが、逆に、その個人の感情や人生の機微を見事にすくい取って繊細に描ききっているところは見事。

戦時中には自らの信念に基づき、若者の戦意を鼓舞する絵を描き、道を外れた弟子を正そうとするあまり、特別警察に密告するような結果になってしまった主人公。

《軍の将校、政治家、実業家」…「連中はみんな、国民をあんな目に遭わせたと言って非難されている。しかし、俺たちの仲間がやることはいつもたかが知れていた。きみやおれみたいなのが昔やったことを問題にする人間なんてどこにもいない」》

こういう言葉の中に、一種の甘さがあって、読む者は何か釈然としない気持ちにさせられる一方で、主人公の家族との細やかなやりとりが繊細に描かれて、グッと感情移入させられてしまう。

中でも、孫の一郎とのやりとりは印象的で、物語の終盤、幼い一郎にした一口お酒を飲ませてやるという約束が、娘たちの強硬な反対により反故にされてしまうシーン(そんなところにも、老画家の権威の失墜が象徴的に描かれる)は、ホロリとさせられる。

《「ママがおさけをのませてくれなかったこと、しんぱいしなくていいからね」「おまえは急に大きくなったな」と、わたしはまた笑いながら言った。》

人間の弱さはかなさを厳しく追求しきってなお優しい物悲しさが、カズオ・イシグロの作品の底辺には流れていると思う。