古典一覧

レビュー・映画 『危険な関係』(1959年)

1959年フランス制作。監督は、ロジェ・ヴァディム。出演、ジャンヌ・モロー、ジェラール・フィリップ、アネット・ヴァディム。

18世紀フランス宮廷の恋愛ゲームを描いた、ラクロの『危険な関係』を原作とした作品。同名の作品を、1988年にスティーブン・フリアーズ監督が制作している。もともとこのフリアーズの方の作品を高校生の頃に観て、すごくハマってしまい、ラクロの原作も取り寄せて読んだ記憶がある。
原作は、貞淑な仮面をかぶっていながら、実は非情な恋愛ゲームの達人であるメルトイユ侯爵夫人と、社交界でも名うてのプレイボーイであるヴァルモン子爵の2人が、策略をめぐらし、若い純情な生娘セシルをたぶらかしたり、真実に貞淑な法院長夫人をあの手この手を使って陥落させたり。最後には、仲間割れを起こし、策士策におぼれる感じで、二人とも自滅していく。書簡スタイルの作品になっていて、人物たちの視点が色々変わってストーリーが展開していくところも面白く、古い作品ながら、エンターテイメント性十分の作品である。
フリアーズ作品の方は、時代も登場人物も、原作に忠実。メルトイユ侯爵夫人を、『危険な情事』でコワ~イ演技を見せたグレン・クロース、ヴァルモン子爵を、ジョン・マルコビッチが演じている。(ちなみに、セシル役として若きウィノナ・ライダーも出演)
作品自体よくできているし、演技派俳優たちの演技が見物で、私は好きだったのだが、今思うと、若干キャスティングに無理があるかな・・・社交界の花形夫人にはグレン・クロースはちょっと強面過ぎるし、私が好きな名優ジョン・マルコビッチも、次々と女性が手中に落ちてしまうほどの美男子プレイボーイというタイプでは正直(いやいや全く)無い。
一方、ヴァディムの『危険な関係』は、時代設定を1950年代のパリに置き換えた作品なのだが、今回改めて観てみると、キャスティングはこちらに軍配があがりそうだ。メルトイユ夫人にあたる女性ジュリエットをジャンヌ・モロー、ヴァルモン子爵にあたる男性ヴァルモン氏をジェラール・フィリップが演じ、二人は夫婦という設定になっている。
ジャンヌ・モローは大好きな女優で、古い映画をよく観ていた高校生の頃、トリュフォーの『突然炎のごとくに』やルイ・マルの『恋人たち』などをせっせとレンタルビデオで借りてきて観ていた。

しかし、もともと私はフランス映画がなぜか余り性に合わず、しかもお子様過ぎて映画の良さが全くわからなかったので、はっきり言って観ているのが苦痛なくらいつまらなく、それでもジャンヌ・モローを観たいだけのため、眠い目をこすって深夜までビデオを観ていたのだ。あの隈のふかーく刻まれた目が素敵なのよね・・・力強さがあるのに、不幸そう、或いは絶対に不幸になるだろうと予感させる美人。そういう形容詞だと、やっぱり大好きな女優ヴィヴィアン・リーを思い出すが、ジャンヌ・モローはもっと擦れた、退廃的な魅力がある。

ジェラーヌ・フィリップも、観ているこっちが照れてしまうくらい、あまーい美男子っぷり。さらに、セシル役の若手女優や、当時監督の妻であり、貞淑な法院長夫人役を演じているアネット・ヴァディムの、輝くような体の美しさもうっとり。さすが、ブリジッッド・バルドーの夫であり、彼女を発掘したことで知られるロジェ・ヴァディム。胸なんか露出しなくても、きわどい映像に慣れきった21世紀の日本のワタクシが鼻血ブー(ふる!)になるくらい、エロティックで官能的な映像を見せてくれる。
特に、女性の脚が好きなようで・・・脚線美の見せ方がとってもお上手。ジャンヌ・モローが、ゴージャスな毛皮のコートを着て、ハイヒールを履いた脚をくみかえるだけでドキドキしてしまう。
フリアーズ作品は、二人の「恋愛ゲーム」っぷりにスポットがあてられいて、サスペンス的なハラハラドキドキ感が面白いのだが、ヴァディム作品は、主人公二人が夫婦という設定もあって、ヴァルモン氏とヴァルモン夫人の関係がもっと密度が高いものとして描かれ、だからこそ、どこか悲哀ある感じに仕上がっている。そういう悲哀と、戦後のパリの退廃的な雰囲気がよく描かれている逸品。流れているジャズ系の音楽もかっこよくて、今観てもとってもスタイリッシュ。
高校生の頃は、名優二人の緊張感のあるやりとりが見物のフリアーズ作品が良い!と思ったものだけど、今観るとヴァディム作品も素敵。時代を超えて、名監督たちに映画化したいと思わせる、、、ラクロの原作もそれだけ魅力的な作品なのだと思う。久しぶりにフリアーズのも借りてこようかな・・

クリスティーナ女王

スウェーデン女王クリスティーナ。本名はクリスティーナ・フォン・シュヴェーデン(後に改宗してクリスティーナ・アレクサンドラ)。1626年ヴァーサ朝スウェーデン王のグスタフ・アドルフの子として生まれ、父王の死後、わずか6歳で即位。 続きを読む


書評 『デカルト、コルネーユ、スウェーデン女王クリスティナ』 エルンスト・カッシーラー

ユダヤ系ドイツ人のエルンスト・カッシーラーが、ナチス政権中の亡命先スウェーデンで上梓した『デカルトー学説、人格、影響』からの抄訳フランス語版を全訳したものである。クリスティナ女王への興味から手にとったのだが、とても示唆に富む面白い本だ。 続きを読む


『輝く日の宮』 丸谷 才一

面白かった。日本文学の評論家としても著名な丸谷才一が書いた、源氏物語へのオマージュのような不思議な長篇小説。

表題の輝く日の宮とは、源氏物語で、桐壺の巻のあとにかつて存在したが失われてしまったとされる巻の名前を言うのだそうだ。(「桐壺」の異名など諸説あるが)この失われた巻を巡る推理小説のような展開、現代に生きる主人公杉阿佐子の半生を辿っていく展開、それをまるで紫式部の生涯になぞらえるような描き方・・・など、幾重もの仕掛けが何重にも重なって複雑な構成になっている。

さらに、泉鏡花風のロマン的な小説から始まり、情緒の全くない記録的文章で現代史を辿ったかと思うと、急に戯曲風の文体になってみたり、エッセイ風になってみたり、文体や語り口や形式も様々に変化する。まあ、とにかく芸達者ですね、センセイ、という感じ。こういうものを駆使していることの凄さが、やはり当代では考えられないほど斬新な手法や表現法を用いて書かれた源氏物語の凄さへの、そのままオマージュになっているのである。

さすがに、具体的に輝く日の宮の喪失理由や内容を推論する後半は源氏物語を全巻読んでいないと少々辛いだろうが、全体としては、色々な文化的・古典的エピソードを散りばめた現代風の小説になっていて、それだけでも十分読み応えがある。

「源氏物語」は、高校生の時に自宅にあった円地文子訳で全巻読んで、当時暫く、もののあはれを感じる際には思わず一歌詠みたくなるほど雅な王朝文化に浸ってしまった記憶があるが(詠めないけど)、久しぶりにまた読んでみたくなった。(でも読みだすと長いしな・・・)

それにしても、「輝く日の宮」の伝説は知らなかったが、確かに六条御息所と朝顔の斉院については、突然出てくるのでしばらく二人を混同したりして、妙だな、と思った記憶ははっきりある。これが作者の意図的な喪失なのか、意図せざる喪失なのか・・・とっても知りたいが、いつまでも謎のままの方が面白いような気もする。。。。。。


書評・新書 『ギリシア悲劇 人間の深奥を見る』 丹下 和彦

これまた、インスタのフォロワーさんにご紹介いただいた本。海外文学にも芸術史にも興味があるくせに、古今東西を問わずその源流とも言うべき詩と演劇が苦手である。正直に言って良さが分からない。 続きを読む