現代作家一覧

書評・小説 『満州国演義一 風の仏暁』 『満州国演義二 事変の夜』 船戸 与一

池澤夏樹の『静かな大地』の記事を書いた時、インスタのフォロワーさんにご紹介いただいた本。外浦吾朗の名前で有名な『ゴルゴ13』を書いた作家さんで、普段ハードボイルドな作品を全然読まないので船戸与一の作品自体も初めてだったが、一度太平洋戦争に至る経緯を詳しく読んでみたいと思っていたので読み始めたら、面白くて止まらない止まらない。作者が癌と闘病しながら9巻完結まで書き上げて絶筆となった遺作で、まだまだ先が長いので、2巻ずつまとめてみた。 続きを読む


書評・小説『風の歌を聴け』 村上春樹

言わずと知れた村上春樹のデビュー作である。

村上春樹の小説は一通り読んでいるので、こちらも10年以上前に読んでいるはずだが、それほど印象に残っていなかった。佐渡島庸平さんがWe are lonely, but not aloneの巻末に色々お薦めの図書を紹介していて、その中《最も繰り返し読んだ作品。村上春樹作品の中で、この処女作が最も好き。削れる一文を探そうとして読み返しても、どの一文も呼応し合っていて、どれも削れない。完成度がすごく高い小説だと思う。》と大絶賛していて、再読しようかなあ、と少し前から気になっていた。 続きを読む



書評・小説 『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 江國 香織

主人公は50代の男性、稔。実家は莫大な資産家で、親友の税理士大竹に言われるがままに財産管理をし、財団や親類との最低限の付き合いに顔を出し、利益にはならないソフトクリーム専門店の形ばかりの社長業をするほかは、本ばかり読んで暮らしている。同じく気ままにベルリンと日本を行ったり来たりして過ごしている写真家の姉の雀、元恋人の渚とその間に産まれた娘の波十など、彼の身の回りの人々をめぐる、全くもってドラマティックではない物語。タイトルのように、なかなか終わらない一夏。

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『すいかの匂い』 江國 香織

これも、夏が近づいてくると、なにげなく手にとってしまう類の本。

少女の夏の物語11篇。少女と言っても、10歳には届かない、本当に小さな子供くらいの年齢だ。昭和のノスタルジックな空気が溢れている。今回、読み直してみて、「おしろい花」と「枇杷の木」がよく出てくるなあ、と思った。どちらも、昔はそこらへんにあったのに、あまり見かけなくなった。

なんと言っても、五感のすみずみに届いてくる江國香織さんの文章が良い。

畳に置かれた大きなお盆にならべられたすいかにかぶりつくと、「だらだらとしるがたれ」て、ふと見るとお盆のすいかには真っ黒な蟻がたくさんたかっていてぎょっとする。「ぬかみその様な匂いのする台所」で「紙のカップに入った小さなバニラアイスを、木べらのようなスプーンですくっては口に運ぶ」ようす、壁いっぱいにくっついた小さなかたつむりをはがして長くつで踏んで歩くときの「しゃり、という刹那の、あの儚さ」、真夏の葬式から帰宅し、仄暗い八畳間の中で母が喪服をベンジンで拭くときの「揮発性の匂い、甘い頭痛」、団地のなかを通ると「よその家に入るとする匂いが、家の外まではみだして」いる。

情景だけでなく、味、匂い、肌触り、までが本当にありありと感じられる。文章と物語の力ってなんてすごいんだろう、と、なんだかヴァーチャルアトラクションでも体験したかのように思ってしまう。

このお話、わかる。たぶん、こんなにこれがわかるのは私だけじゃないのかな。僕だけじゃないのかな。・・・江國香織さんのファンは、江國さんの書く小説について、たぶん全員がそう思っているんじゃないろうか。じつは、私だって、そう思っている。

巻末の川上弘美さんの解説。江國香織さんの描く子供は、病気がちだったり神経質だったりいじめられっ子だったりが多い。私は、兄2人の末っ子で、こういうタイプの子供とは完全真逆、むしろ、そういう子達を槍玉にあげて苛めてやるくらいの少女版ジャイアンみたいな子供だったのに、それなのに、この物語を読んでいると、なぜだか「わかる」と思ってしまうのだから、やっぱりすごい。

子供の物語なのだけれど、あけっぴろげな無邪気さはなくて、どれもしんとして怖かったり切なかったりする。団地や田舎をモティーフに、貧しさ、病気、犯罪、精薄といったダークな部分が見え隠れする。(「はるかちゃん」で、幼女に性犯罪する青年の姿がさらっと描かれているあたりは、きょうび出版したらなにかと言われそうなくらいである)それなのに、不思議と暗く重たいだけにはならなくて、それをはねのける、いや、後ろに置いて進んでいくだけの強さがある。少女と夏の強さみたいなもの。

そういう夏から何十年も過ぎた。私はいつしかそういう夏から遠く隔たってしまい、今度は私の小さな娘がその入り口にいる。