書評・小説 『満州国演義 八 南冥の雫』 船戸 与一

第8巻では、初戦の快進撃から一転、ミッドウェー開戦から一気に日本軍は戦局不利となり、アッツ島、マーシャル諸島、ガダルカナル島など南太平洋の重要拠点で次々と惨敗し、東南アジアでは最大の作戦インパール作戦で敷島兄弟の次郎が無残な死を遂げるまで、が描かれる。 続きを読む


書評・小説 『満州国演義 七 雷の波濤』船戸 与一

満州国演義シリーズも終盤へ。第7巻では、昭和15年、支那戦争の膠着した状態から、ついに日米開戦、真珠湾攻撃とマレー進攻で日本軍が戦勝をおさめるまでが描かれる。ドイツのフランス進攻から始まり、第二次世界大戦に向けていよいよ国際情勢は緊迫してくる。列強国の権益争いは、満州や中国だけに留まらず、石油などの重要な資源確保をめぐって、インド、ビルマ、タイなどにまで拡大していくのだ。 続きを読む


書評・小説 『満州国演義五 灰燼の暦』 『満州国演義六 大地の牙』 船戸 与一

船戸与一遺作となる『満州国演義』シリーズの第5巻と第6巻。第5巻では、内蒙古、回族、ウイグル、トルコ、そしてドイツやソ連などの列強国を巻き込みながら、燻り続ける満州問題はやがて日本対中国の全面戦争、支那戦争へと拡大していき、戦火は上海から現在も大きな禍根を残す南京事件へと広がっていく。第6巻では、日本では軍部独裁への準備が着々と進んでいき、世論もそれに迎合していく中で、ロシアと中国に挟まれて徐々に追い詰められていく日本軍は、ノモンハンという悲惨な戦いを経験する。

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書評・ノンフィクション 『ルポ資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄』 白戸 圭一

本書は、毎日新聞ヨハネスブルク特派員として4年間アフリカに在住した著者が、アフリカ社会の今を綴った渾身のルポである。

悪化する南アフリカの治安、オイルマネーによる繁栄の陰で「犯罪輸出国」の汚名を着せられるナイジェリアの組織犯罪、ルワンダの大虐殺と隣国コンゴの紛争、「史上最悪の人道危機」と言われるスーダンの内紛と国内の弾圧、無政府国家と化したソマリア・・・今までバラバラでおぼろげだった知識や情報が、この本ですっきりと整理された。

何と言っても、著者の体当たり取材がすごい。南アフリカのスコッターキャンプ(不法居住区)やコンゴの難民キャンプを訪れるのは勿論のこと、実際の殺人や少女売春の犯罪者たち、さらには、反政府組織のリーダー達にまで実際にインタビューする。時には、命を危険にさらし、密入国という手段までとりながら。それだけの取材ですから、迫力と臨場感は素晴らしいものがある。

私はルポは今まで読んだことがなく、ジャーナリズムにも余り興味が無いのだが、この著者の姿勢には、真のジャーナリズム魂のようなものを感じた。

ここまで体と命を張って「伝える」ことの大切さ。巧みな文章表現で飾ったり、作者のイマジネーションや創造力に頼るのではなく、この「真実をありのままに伝える」ということがもつ表現力の大きさ。さらに、素晴らしいと思うのは、真のジャーナリズムが飽くまで「真実をありのままに伝える」という客観性を追及しながら、報道する側の強いメッセージや意志に支えられていることだ。

著者の目の前には、少女を騙して売り飛ばす犯罪者がいる。著者は、騙され売り飛ばされた少女の写真を撮る。思わず1人の少女が顔を隠す。或いは、何百人もの無抵抗な住民を虐殺してきた男がいる。男は何食わぬ顔で自分の主張の正当性を語る。著者はその男にインタビューをし、写真を撮る。その時、報道する側に、対象への怒りや同情の露出があってはならない。ある意味から言えば、とても冷酷で非人道的な視線がそこにあるかのようだ。

しかし、一方で、本書の中では、あるメッセージが繰り返される。

ガストロウ氏へのインタビューの中で、私が思わず膝を打ったのは、「犯罪と格差」の関係についての言及であった。「南アはアフリカで最も経済水準の高い国ですが、南アよりはるかに貧しい他の国々の方がずっと治安が良い。要するに、誰もが一様に貧しい社会では犯罪、特に組織犯罪は成立しにくい。巨大な所得格差が生じた時、貧しい側は犯罪を通じて「富」にアクセスしようとする。アフリカで突出した経済力を持つ南アは、アフリカ各地の犯罪者にとって「富」にアクセスできる場所であり、同時に世界的な犯罪の中継地点にも使える国なのです。

そして、各所に散りばめられたメッセージは、終章末尾の著者自身の言葉に集結していく。

我々は遠いアフリカの犯罪や紛争のニュースを聞きながら、今の自分の暮らしとはたいして関係のないものと思う。南アの公立病院の惨状を知り、怒り、哀れみ、同情することはあっても、その先の具体的行動に進む人は稀だ。私もそんな無力の人間の一人に過ぎない。 貧困と繁栄。この二つは決して交わることのない関係に見える。だが、私がアフリカ各地で見てきた現実は、両者が不幸にも「暴力」という架け橋によって結ばれ始めていることを示している。 コンゴ民主共和国とスーダンでは、鉱物や石油といった我々の生活に不可欠な資源が暴力の「原資金」となり、人々を苦しめていた。南アとモザンビークでは、巨大な格差から生じる絶望や憎悪が犯罪となって社会に染み出し、結局は富裕層の暮らしをも根底から脅かす事態となっている。産油国ナイジェリアの犯罪組織は世界を蝕み、無政府国家ソマリアの混乱は海賊の出没という形で国際社会を揺さぶっている。 地球規模の格差社会の底辺に置かれたアフリカから染み出す犯罪などの負の側面は覚悟の上で、競争礼賛で弱肉強食の道を突き進むのか。一方、先進国側も暴力の拡散には耐えきれず、資本主義の暴走に一定の歯止めをかけ、命の価値を平準化する努力に取り組むのか。私たちは今、命の価値を巡る一つの岐路に立たされているのではないだろうか。

強いメッセージと意志があるからこそ、どこまでも客観的で冷徹な目で真実を捉え、伝えようとする。そういうジャーナリズムの本髄についても考えさせられる作品だった。

こういう方が日本のマスメディア業界の中にいる、ということは一つの希望でもあると思う。徒に批判を繰り返し、問題をあげつらって、何のメッセージも意志も打開策も提示しない今の日本のマスメディアの中に・・・


レビュー・映画 『愛と追憶の日々』

1983年公開のアメリカ映画。監督・脚本をジェームズ・L・ブルックスが手がけ、アカデミー賞とゴールデングローブ賞をW受賞した。

アメリカに住む母と娘の30年間。娘が小さい頃に父親は亡くなり、女手一つで娘を育てあげた母親の反対を押し切り、娘は生活力の無い貧しい教師の男と結婚。貧乏で子供にも満足にしてやれないのに、娘は次から次へと子供を産み、旦那に浮気されたり、一人残された母親は孫が出来てから老いらくの恋に目覚めたり、最後には若くして癌を発病した娘が3人の子供を残して先立ってしまう。どんな家庭にも、長い人生の中ではありそうな出来事を、一つ一つ淡々と描いている。 続きを読む