書評 『バロックの光と闇』 高階 秀爾 ①

先日、名古屋市美術館の『カラヴァッジョ展』に行き、ミュージアムショップで購入した一冊。小学館版『バッハ全集』全15巻に、「バロックの美術」として掲載した文章をまとめたものだが、タイトルは高階先生の代表的名著『ルネッサンスの光と闇』になぞらえたものだろう。

『ルネッサンスの光と闇』のような大著というのではないが、連載式でも毎回違った観点からバロック美術を扱っており、さすがバランスのとれたわかりやすい解説書になっている。わかりやすく単純化した「バロックの定義」と、古典主義、マニエリスム、写実主義、ロココ美術、ロマン主義とも深く関わりをもつ多義的で複雑な「バロックの奥深さ」の両方を、読者に提示してくれているのだ。

続きを読む

書評・小説 『ラブ&デス』 ギルバート・アデア

またまたロングアイランド好きの私にもたらされた朗報。ロングアイランドを舞台にしたこちらの小説、しかも、著者はこの間観たベルトルッチ監督の映画『ドリーマーズ』の原作者でもあるギルバート・アデアで、こちらの作品も1997年に映画化されているという。これは読むしかない。

「多芸は無芸」というけれど、そういう言い方は無芸な側のやっかみも入っているかもしれなくて、ギルバート・アデアみたいな才人を見ていると、やっぱり「多芸は多芸」だなあ、という気がしてくる。

映画評論家。文化批評家。翻訳者。作家。そのどの仕事を見ても、何かかならず、アデア独自のひねりが効いている。

自身も文芸評論家、翻訳者、東京大学名誉教授、と多芸ぶりを見せつけている柴田元幸さんがあとがきで述べている。

続きを読む

展覧会 名古屋市美術館 「カラヴァッジョ展」(2019年10月26日〜12月15日)

宮下規九朗『聖と俗』を読んでから、もう一度カラヴァッジョをしっかり観たいと思っていたのだが、中々行く機会がなくて、展覧会最終日直前に駆け込んでやっと観てきた次第です。

ヴァロックの先駆者とも言われるカラヴァッジョ、そのヴァロックはローマ・カトリックのプロバガンダから発生したものであると読んで、もう一度、カトリックの「宗教的情熱」の意味とヴァロックとの関係を考え直したかった。

続きを読む

書評・小説 『観光』 ラッタウット・ラープチャルーンサップ

季節柄、読書SNSを見ていると「今年読んだ本ベスト10」的な投稿を多く見かける。新刊なんてほとんど読まないし、今年たまたま読んだ本と限ってみたところで、ジャンルも時代も本当にバラバラ過ぎて、我ながらよくもこんな節操の無い読書してるなあ、と呆れることはあっても、とても順位なんてつけられない、と思っていたのだが・・・暮れも近くここへきて、「これはさすがに今年のベストワンかも」と思える本に出会ってしまった。それが、タイ系アメリカ人作家ラッタウット・ラープチャルーンサップの短編集『観光』である。

弱冠25歳でイギリスの文芸誌『グランタ』にデビュー作を発表し、翌年本書を出版するや、『ワシントン・ポスト』や『ロサンゼルス・タイムス』など有力各紙で絶賛されたと言う。日本でも、2007年に刊行されると、書評家からは「全篇芥川賞を獲れるくらいに素晴らしい」と絶賛され、2010年には、新宿紀伊国屋主催の「文学ワールドカップ」なるイベントで、600冊以上ある海外文学選書の中から見事本書がMVPを獲得したそうだ。

続きを読む

書評・小説 『五月の雪』クセニヤ・メルニク

休みの日の図書館。3歳の息子が恐竜の絵本を早く読んでくれと喚いている中、海外文学の棚まで小走りで行き、えいっと掴んだ一冊。著者もストーリーもよく分からぬまま、とりあえず新潮クレストなら…と手当たり次第に選んだ本だけど、素晴らしかった。
ロシア出身の女性作家が書いた、ロシア辺境の街、マガダンをめぐる短編の数々。私は、ロシアに行ったこともなく、正直あまり行きたいとも思わないし、旧ソ連やロシアの歴史や文化について大した知識もない。それなのに、いきなり一話目から一気に物語の舞台に引き込まれてしまう不思議。松岡正剛は、物語というかたちでしか伝達できないことがあるのだ、と言っていたけれど、本当にそうだなあ、と実感する。どうして、殆ど予備知識のないような遠い国や昔の物語に、自分がスッと入っていき、すごく懐かしいような、或いは共感できるような気持ちになるのか。論理的には中々説明できないのだけど、物語を読んでいるとそういうことが起こる。『嵐が丘』のヒースの丘に立ったことがあるように(実際にはヒースが何かもよく知らないのに)、『愛人』のメコン河を横切ったことがあるように(実際に横切ったのは何十年も後のことだ)、感じてしまう。
そういう心が攫われるような体験ができるのが、物語の力なんだなあ、と思う。そして、なぜか、そういう心境になるのは、私の場合、女性作家の作品が多い。これは完全に個人的趣味なのだけど、私はディティールにこだわった物語が好きなのだ。心理的ディティールではなく、もっと世俗的で物質的なディティール。女性作家にはそういう作品が多くて、衣装やら調度品やら食べ物やら、そういうディティールを追っているうちに、どっぷり物語の世界にはまっている。『五月の雪』も、まさにそういう類の作品だった。
こういう思いがけない出会いがあるから図書館はやめられない。子供が産まれてからは、児童書コーナーだけしか行けなかったのだけれど、また自分のためにも足しげく通ってみよう、と思い直したのであった。