『軽蔑』 アルベルト・モラヴィア


アルベルト・モラヴィアは、『金曜日の別荘』でファンになり、『深層生活』や『倦怠』などの作品も読んだが、その後、偶然に『アルトゥーロの島』を読み、作者のエルサ・モランテがモラヴィアの妻であり、彼女を巡ってのルキノ・ヴィスコンティとの確執が、『金曜日の別荘』という作品のきっかけになった、というエピソードを知って、ますます興味を持った。

今回の『軽蔑』では、ある日突然、妻の愛情が冷え切っていることを自覚した主人公が、あの手この手で昔の愛情を蘇らそうと試みるものの、妻の心には最早夫への『軽蔑』しかなく、なすすべもなく結婚生活が破綻していく・・・その間の男の心境の一部始終を描いている。このテーマも、モランテとの結婚生活から直接のインスピレーションを得たものらしく、しかも、さんざん主人公を苦しめた妻は自動車事故であっけない死を遂げるという結末で、モラヴィアさん、相当エルサを恨んでるなあ・・という感じがする(笑)

この作品は、最近特に気に入っている池澤夏樹編の世界文学全集シリーズ第Ⅱ集3巻に、美しく多感なインド人の少女と欧州人の青年の悲恋を描いた『マイトレイ』という作品と一緒に収められている。この『マイトレイ』という作品もとても美しく印象的な作品だったので、また記事にしたいと思っているのだが、この第3巻の背帯にはこんなコピーが
愛の豊穣と愛の不毛。
透徹した知性がつむぎだす
赤裸々な男女の関係
出版社のキャッチコピーは嫌いで、帯は取って捨ててしまうことの多いのだが、このコピーはなるほど、と思いとっておいた。『マイトレイ』が美しくも激しい愛の豊穣を描いた作品なら、確かに「軽蔑」の中で描かれている愛はひたすらに不毛。もう二度と花咲くことも、豊かに実ることも無い愛の不毛な姿なのある。
ストーリーは本当に単純で、とにかく夫が何とか妻の心を取り戻そうとあれこれ逡巡し、うだうだした挙句、何にもならなかった、という悲しいお話。この間の男の「うだうだ」したところを、余すところなく描いているのだが、それが不思議と緊張感のある文章で、目が離せない。ただ夫が妻に愛想を尽かされふられてしまう、という、古今東西、何万回と繰り返された超世俗的ドラマなのに、本を置いて立ち去ることができないような吸引力がある。
物語の最後では、ナポリの別荘に主人公を残して妻が立ち去った後、美しい海辺で主人公は現実と見まごう幻を見る。後悔した妻が自分の元に戻り、全ての誤解は消え去り、エメラルド色の海に浸された「赤の洞窟(ラ・グロッタ・ロッサ)」にそっと舟を漕ぎ入れ、再び昔のように愛し合う・・・この美しいシーンには、一種のカタルシスがあって、幻と知りながら読者まで、どこか悲しく浄化されたような気持ちになる。単純なストーリーを、磨き上げた文章で、緊迫感のある心理推理小説のように描き出し、読者をこんなに惹きつけて、心情的な揺さぶりまで引き起こしてしまう・・・作家モラヴィアの凄さを実感した作品であった。

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