バロック一覧

書評 『バロックの光と闇』 高階 秀爾 ②

バロックを反「古典主義的なもの」と定義し、その対比から特質を捉えることは《便利》だが、一方で、ヴェルフリンのような概念化は《うっかりすると図式化する危険性がある》。実際のバロックは、反古典的様式という概念には収まりきらない、豊穣で複雑なものをもっているのである。単純化した説明の後で、高階先生は、バロックのもつ「写実性」「光」「装飾性」「浮遊性とダイナミズム」「都市空間と建築」「演劇」「音楽」など様々な観点から、その奥深さを分析している。

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書評 『バロックの光と闇』 高階 秀爾 ①

先日、名古屋市美術館の『カラヴァッジョ展』に行き、ミュージアムショップで購入した一冊。小学館版『バッハ全集』全15巻に、「バロックの美術」として掲載した文章をまとめたものだが、タイトルは高階先生の代表的名著『ルネッサンスの光と闇』になぞらえたものだろう。

『ルネッサンスの光と闇』のような大著というのではないが、連載式でも毎回違った観点からバロック美術を扱っており、さすがバランスのとれたわかりやすい解説書になっている。わかりやすく単純化した「バロックの定義」と、古典主義、マニエリスム、写実主義、ロココ美術、ロマン主義とも深く関わりをもつ多義的で複雑な「バロックの奥深さ」の両方を、読者に提示してくれているのだ。

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展覧会 名古屋市美術館 「カラヴァッジョ展」(2019年10月26日〜12月15日)

宮下規九朗『聖と俗』を読んでから、もう一度カラヴァッジョをしっかり観たいと思っていたのだが、中々行く機会がなくて、展覧会最終日直前に駆け込んでやっと観てきた次第です。

ヴァロックの先駆者とも言われるカラヴァッジョ、そのヴァロックはローマ・カトリックのプロバガンダから発生したものであると読んで、もう一度、カトリックの「宗教的情熱」の意味とヴァロックとの関係を考え直したかった。

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書評 『デカルト、コルネーユ、スウェーデン女王クリスティナ』 エルンスト・カッシーラー

ユダヤ系ドイツ人のエルンスト・カッシーラーが、ナチス政権中の亡命先スウェーデンで上梓した『デカルトー学説、人格、影響』からの抄訳フランス語版を全訳したものである。クリスティナ女王への興味から手にとったのだが、とても示唆に富む面白い本だ。 続きを読む


『聖と俗 分断と架橋の美術史』宮下 規久朗

宗教美術の専門家である宮下規久朗氏の論文をまとめたもの。タイトルに惹かれてよんでみたのだが、予想以上に面白かった。

まずなんと言っても、バロック美術をカトリックのプロバガンダとして分析している点が興味深い。バロックというと、その豪放さから絶対王政との強い結びつきを連想してしまうのだが、元々は、宗教改革後弱体化するカトリック教義を広めるために、《バロック様式は何よりもローマ教皇たちの下で生み出されて世界中に波及したものである》という。

《画像の伝播の速さとその効力をイエズス会は布教に最大限に活用した》

このような映像的プロバガンダが効果的であったのは、聖書の言葉や解釈によって理論的に神に近づこうとするプロテスタントに対して、カトリックがいかに人間の感性や情動に直接訴えかけるような方法をとったか、ということを示している。

《イエズス会創始者イグナチウス・ロヨラによる『霊操』では、キリストが地上で行ったすべてのことは、神の神秘を啓示するためのものであり、キリストの生涯を、自ら観想によって体験すべきであるとした。聖なるイメージを瞑想することの有用性と、感情と想像力を奨励したこうした教義は、必然的に美術の役割を強化し、それを写実的で再現的な正確に方向付けることになる。》

サン・ピエトロ大聖堂とヴァティカン宮殿、或いはウルバヌス8世に代表されるような歴代教皇たち及びその親族たちのパラッツォを壮麗に飾り立てた壁画や彫刻たち。著者は「イリュージョニスティック」という言葉でその特色を言い表しているが、民衆に神と教皇の力を誇示し、或いは幻惑的な宗教的一体感や情熱を鼓舞することにかけて、カラヴァッジョやベルニーニらバロック美術家の右に出る者はいないだろう。

《カラヴァッジョの宗教画は、現実的でありながら、卑俗に陥らずに聖性を感じさせ、日常性ではなく超常的な奇蹟を見ている気にさせるものであった。》

カトリック=バロック芸術の文脈でなんと言っても印象的な作品は、ベルニーニの「聖女テレジアの法悦」である。高階秀爾は『芸術のパトロンたち』で、18世紀のフランス人旅行者がこの彫刻を見て「これが神の愛というものか、それなら私だってよく知っている」と皮肉ったという逸話を紹介してしているが、言い得て妙である。極度に高まった宗教的情熱と神キリストとの一体感は、もはや肉体的エクスタシーと同一視されてしまうほどに、生々しくエロティックだ。

宮下氏も、この「聖女テレジアの法悦」を「殉教の愉悦」の章で挙げているが、こちらは、聖セバスティアヌスと三島由紀夫との関わりを論じていて面白い。聖セバスティアヌス像に象徴される、宗教的情熱の極致とも言える殉教による死。それを愛好した三島由紀夫は、ただデカダンスな頽廃的な美意識以上に

《彼が生来抱いていた「死へのエロティックな衝動」や「流血への衝動」を具現化したものであり、・・・そこには、エロスとタナトスが結合し、肉体的な苦痛と霊的な愉悦が激しく交流するきわめてバロック的な美意識が見られるのである》

と結んでいる。

他にも、アンディ・ウォーホールとカトリック的イコンとの関係を論じた章、民間に伝わる絵馬、エクス・ヴォート、遺影などを奉納する風習を、民間信仰やイコンとの関わりから論じた章など、全て興味深い。特に後者については、著者の最愛の娘が早逝した後に書き下ろしたものであり、学術的な論文では敢えて踏み込まない「聖と俗」の隣接点を描いているという点で、非常に興味深いが痛々しくもある。