書評・小説 『アデン・アラビア』 ポール・ニザン


 

かなり疲れる本だった・・・

池澤夏樹さんセレクトの世界文学全集シリーズはとてもお気に入りで、今回はフランス文学シリーズのこちらを購入。
僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない。
という冒頭の一文が有名で、これに触発されて読んだ若者も多いようだ。(しかし、巻末の解説者を始め「その冒頭の文章以外はあまり印象に残っていない」という意見も多いようだが・・・)

若者がアラビアを旅するエキゾチックな雰囲気が味わえるかと思いきや、、、フランスで小エリートの道を歩んでいた主人公は、フランス社会の欺瞞と腐敗に嫌気がさし、アラビアへ旅立ってしまう。しかし、遥か異国の地にも、植民地主義と資本主義は蔓延しており、結局はフランス社会の縮図を見ただけ。結局、主人公はフランスに帰り、社会と階級への戦いに立ち上がることを決意する、までが一連のストーリー、なのだが、実際には、若き社会主義者が闘争に目覚めるまでの自白を延々と綴っている感じである。
全編に渡り、インテリ若者らしい社会への義憤と、社会主義者らしい資本主義への怒りに満ちていて・・・ちょっと疲れるんだよなあ。例えばこんな感じ。
だがすべてが不在だ。僕に僕の道具を、僕の動物を、僕の欲求を、僕の人間を、畑を、武器を示してほしい。僕にひとつ畑でもあれば、あるいは手に職でもあれば、すべてはうまくいったのに。僕が持っている物といえば、僕の奴隷たち、つまり古い習慣に染まった空虚な物、創意とか喜びを欲することのない物ばかり。
僕の両親、いとこ連中、幼なじみはみんな、チップと規則尊重のなかで不毛な人生を送るこんな人種の一員なのだ。・・・繊細なこの連中は、本物の労働、つまり労働者とか農民の労働の代価を指し示すような言葉は拒絶する。彼らは自分たちの仕事は精神的な使命だというふりをしているので、ただ食うために労働する金めあての人たちと自分たちとを区別する言葉を使う。・・・彼らが感じることを許されているただひとつの真摯な感情に心を震わせて、彼らは「資本」という宗教的な言葉を口にすることができる。
僕は敵たちのなかで生きるつもりだ。つねに変わらず、つねに消極的にではなく、そして流れていく時間のものうくも心地よい物音にうとうとまどろむことのないように、忍耐強く、注意深く、怒りをもって。僕には、僕たちにいちばん欠けている徳、つまり恒常性が必要だ。でも、詩に対してよりも、女に対して対してよりも、戦いに対してつねに変わらずいることのほうがたやすい。詩と女は通り過ぎていく。でも革命が過ぎ去ったことは一度もない。
作者のポール・ニザンは、1905年フランス生まれ、パリの名門リセ、高等師範学校などを卒業するが、26年にフランスを出て異郷の地アデンに旅立ち、帰国後は共産党に入党。後に共産党からスパイ扱いをされ、党も離脱することになるのだが、自身はあくまで反体制的かつ独自な左翼的思想を貫いた。サルトルと交流があり、戦後忘れ去られていた彼の著作を、自身の序文付きで復刊したのもサルトルであった。
読み終えた私はエライ!とちょっと自分で自分を褒めたくなるくらい、苦痛に感じる部分もあるが・・・19世紀末から20世紀初頭の欧州に吹き荒れていた、共産主義思想の想いの強さ、みたいなものは伝わってきた。特にイタリアやフランスの文学を読む上では、こういう主義思想や風潮があったことを理解しているかどうかで、時代背景の理解が全く違ってくると痛感している。キリスト教、哲学、共産主義思想、と、もっと体系的に勉強しないといけないのだが・・・文学で少しづつ齧りながら、あれこれ勝手な解釈をするという、楽なところにとどまっている私であった。

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