『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』 石井 良子


 

タイトルからおいしそうな予感のする本。

日本シャンソン界の草分け、石井好子さんが「暮らしの手帳」に連載したお料理エッセイをまとめたもの。初版は昭和38年ということだから、相当古い本だ。石井好子さんは、叔父は大隈重信の孫にあたる方、父は歴代内閣の要職を務めた石井光次郎とあって、超スペシャルお嬢様。若い頃からアメリカやフランスに渡ったシャンソンを学んだ研究をもち、食通でも知られていて、「料理の鉄人」の審査員としてもその元気なお姿を度々拝見した。

 

何分、古い本なので、当時は多くの日本人を「へー」と言わせた珍しい料理や食材だったのでだろうが、チーズフォンデュやブイヤベース、エスカルゴやフォアグラなど、今の日本人ならお馴染みのメニューが多く、情報自体が目新しい、ということはない。それでも、石井好子さんの、パリの街の香りがそのまま伝わってくる文章、おもてなしやお料理に対しての心づかいなど、今読んでも色あせない、新鮮な魅力がある本だ。

 

当時の日本では、フランス料理などつくる人がめったにいなかったのだろう「バゲットが無ければコッペパンで」などと、身近な食材でできるように工夫してある。(今の日本だとコッペパンの方が手に入りづらいかも・・・)
「お料理なんてしゃちほこばらず、あるもので気軽に楽しくやりましょう」
という石井好子さんの姿勢が、材料や道具なら、お金さえかければいくらでも揃えられる今だからこそ、返って好感がもてるし、とても参考になる。
全篇に渡りほとんどお料理について語っているので、自分で料理しない人はちょっと読んでいても面白くないかもしれないが・・・私が特に惹かれたのは、「ブール・オ・リ」という、大鍋で鶏をまるごと煮込んだスープでごはんを炊き、レバーをバターで炒めたものを混ぜて食べるという料理、それから、じゃがいもと玉ねぎとクリームソースを幾重にも重ねてグラタンにする「ノルマンディー風じゃがいも」。どちらもシンプルだけど、つくっている過程を想像するだけで美味しそう。
お料理以外で特に面白かったエピソードが2つ。1つは、フランス人がいかに食べることが好きか、ということについて。フランス人が集まれば、「どこそこの~がおいしい」とか「この季節になると~が食べれる」とか必ず食べ物の話になる、とか、ぼろを着てでも、お芝居を我慢してでもおいしいものを食べたいと思っている、とか、しょっちゅう「~は肝臓によくない」とか「~は太りやすい」とか言っている、とか・・・私はフランス人と話したことは無いけれど、確かにアメリカやイギリスの人とは大分違いそうである。
もう1つは、超個人的趣味だが、私の敬愛する朝吹登水子さんについてのエピソード。朝吹登水子さんは、フランソワズ・サガンの翻訳をしたことで有名で、彼女の類稀なる才能と美しい翻訳の文章が無かったら、原文を読めない私はサガンの本の素晴らしさを一生知ることはなかっただろう・・・で、私も初めて知ったのだが、この朝吹登水子さんが、石井好子さんにとっては義妹にあたるらしく、「登水子」と気安く呼び捨てにする関係。登水子さんが、紅茶に淹れ方にとってもこだわる人で、お義姉さんがポットやカップを温めずに、いい加減に淹れるのではないかと見張っていた、というエピソードが紹介されている。憧れの朝吹登水子さん、やっぱりそういうお洒落でこだわりのある人だったんだ、というのがわかって嬉しかった。
ゆったりとした気分で、パリの雰囲気を思い浮かべながら、読みたい一冊だ。

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