書評・小説 『マンハッタン物語』 フランク・コンロイ



久しぶりに「読み終わりたくない」という気持ちになった。せっかちなので、小説はついつい急いで先を読み進んでしまうのだが、これはあまりに面白くて、終盤になっても「まだ読んでいたい」という気持ちになってしまった。
戦時中のマンハッタンの片隅、貧しい母子家庭で育てられたクロードが、アパートの片隅に放置されたバー・ピアノを1人で弾き始めたところから始まり、才能を見出され、国際的なピアニストそして作曲家となるまでの物語。
作者は、グラミー賞も獲得した作曲家でもあるフランク・コンロイ。私は音楽には疎いので、作品中に出てくる高度な音楽理論には全然ついていけないのだが、それでもこれだけ面白いのだから、音楽好きの人にはたまらない作品だろうと思う。日本ではメジャーでないのか、ウィキペディアにも出てこないが、こんな素晴らしい作家はもっと取り上げられても良いのでは?

物語全体としては、話がうますぎるところはあるのだけど、戦時戦後のアメリカの社会状況が、人種や階級を横断して描かれているのも面白いし、なによりも登場人物達が生き生きとしていて、そういう無理を感じさせない。

これを読んで思ったのは、素晴らしい長編小説というものは、主人公だけでなく、出てくる登場人物全てが生き生きとしていて、なんていうか、ちゃんと各々が物語を或いはその余韻を感じさせてくれるんだ、ということ。クロードを見出し最後まで支えてくれるユダヤ人としての悲しい過去を秘めたヴァイスフェルトや、最後までクロードの父親の正体を明かさず、タクシー運転手をしながら共産主義活動にのめり込んでいくクロードの母親、アメリカ上流階級の煌びやかさと腐敗を体現しているような初恋の相手キャサリンなどはもちろんのこと、謎めいた男装の麗人アンソン・ロウグや天才ヴァイオリニストのフレイスコバールディなど、脇役にいたるまでとても魅力的で、それぞれの歴史や物語が気になってしまう。実際には、それぞれの物語に深入りすることはないのだが、それを感じさせるということが重要なのだと思う。

主人公のめくるめくサクセスストーリーが一本だけ通っているのではなくて、そこに関わる人間達の無数の目に見えぬ物語が小宇宙のように広がっている。だって人生って、この世界って、そういうことだもんね、と思うのである。

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