書評・小説 『夏への扉』 ロバート・A・ハインライン


『夏への扉』をお得に読むには

アメリカの作家ロバート・A・ハインラインによるSF小説。SF小説の中では古典的作品で、いわゆる「タイムトラベル」ものというジャンルの金字塔となった作品だ。日本でも舞台化や映画化が何度もされ、2022年にも本作を原作とした映画が公開された。

日本で人気となった理由は、なんと言ってもそのコンセプトの面白さからだろう。冷凍睡眠とタイムトラベル、というのは、今では手垢のついた意外性のない仕掛けに思えるけれど、この作品が初めに発表されたのは1956年と言えば、まだ戦後も間もない頃である。この時代に、これだけSFらしい科学的(と思わせる)根拠を元に、これだけ大胆かつそれでもありえそうな未来のテクノロジーや世界を描き出したことに、驚嘆する。日本での人気の割に、お膝元のハリウッドで映画化されていないのは意外な感じがするが、大ヒット作『バックトゥザフューチャー』はもちろんのこと、『ターミネーター』や『スター・ウォーズ』など、冷凍睡眠やタイムマシンによるタイムトラベルは、ハリウッド作品でも数多く取り上げられてきた。

コンセプトの面白さに加えて、未来の現実社会のディティールが具体的なのも面白い。冷凍睡眠にあたって、保険会社と契約書や資産運用方法などについてゴタゴタやるところなど、いかにもアメリカの現実を先取りしている感じだ。本作品のSF的面白さは、タイムトラベルに加えて、エンジニアである主人公が開発する、様々なオートメーション技術やロボットの様子だと思うが、この辺りは、著者が1950年代に想定していたほど、ミレニアムを過ぎても技術は進歩していないように見える。これは、前に森瑤子のSF小説『アイランド』を読んだ時にも感じたことだ。記事にも書いたが、この作品でも、最新型の人間ロボットがかしずく横で、旧態依然としたファクシミリなど使っていたのに思わず苦笑してしまった。

私はSF小説はほとんど読んでいないので、想像でしかないのだが、1980年代くらいまでは、人間の技術進歩と言えば、オートメーション化やロボット化を想像していたのではないだろうか。だからみんな、人間型のロボットがウェイターや家政婦として働くような未来を想像していた。実際には、そういう物理的労働力の代替としてのロボット技術より先に、テクノロジーは情報伝達の分野でまず発展した。この作品に出てくる文化女中器やドラえもんのようなロボットは実現しなかった代わりに、スマホやタブレットが普及し、人間は自分の情報や感覚のインプットやアウトプットの仕方をドラスティックに改造した。この未来は、90年代くらいまでは人々にとってかなり予測し辛いものだったようだ。それはなぜなのか、そして、どうしてそうなったのか、そういう観点から社会と歴史を分析してみたら面白いかもしれない。

最後に、この古典的SF作品が、アメリカ文学としても古典的な作品だな、と思ったことを挙げておく。アメリカ文学としての古典的作品とは即ち、ヒロイズムとユーモア、である。これはヘミングウェイやフィッツジェラルドの時代から、男性作家によるアメリカ文学作品の通奏低音となっている。特に、このヒロイズム。『夏への扉』では、典型的なアメリカヒロイズムによる女性像が描かれていて興味深い。主人公を誘惑して全てを騙し取ろうとするベルと、時空を超えて彼を信頼し待ち続ける純真なリッキィと。アメリカ的ヒロイズムでは、女は常に男を騙すか、男に守られるか、のどちらかなのだ。それがあまりにはっきりとしていて面白く感じられてしまうほどだった。そういう意味ではやはり、1950年代の作品だな、とも思う。

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