経済・社会・文化一覧

書評 『十七世紀フランスのサロン サロン文化を彩る七人の女主人公たち』 川田 靖子

だいぶ古い本だが、『クラブとサロン』でフランスのサロンについての章を執筆していた川田靖子さんの著書。一般に、フランスサロンの全盛期は百科全書派などの活動を支えた18世紀と言われているが、本書は、その最盛期を準備した17世紀のサロン文化について、ランブイエ侯爵夫人、スキュデリー嬢、ニノンとマリオン、セヴェニエ夫人とラファイエット夫人といった女主人を元に語っている。

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『クラブとサロン なぜ人びとは集うのか』 松岡 正剛 ほか

私が個人的に興味を持っている「編集的文化が発生する場」としてのクラブ、サロン、カフェ論に一番イメージの近い本。「クラブとサロン」を切り口に、古今東西様々な分野の専門家のエッセイをまとめたものだ。 続きを読む


書評『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』 佐藤 優

この本を最初に読んだのは、もう10年近く前のことだろうか。当時、著者の佐藤は、鈴木宗男絡みの背任・汚職事件で実行判決を受け、執行猶予中だったが、ビジネス誌にコラムを連載していてそれが中々面白いので興味をもっていた。米原万理が打ちのめされるようなすごい本で絶賛していたので読んでみたのだが、「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったもの。平和ボケのニッポンで、裏ではこんなに緊迫した外交上の駆け引きや諜報活動が行われ、政治的陰謀が渦巻き、国家が力ずくで国民を捻じ伏せるような事態が発生しているとは・・・と愕然とした覚えがある。

佐藤優の主張が全て真実なのか、一介の小市民の私には知るよしもないが、私はそもそも、日本の一般的なマスコミ報道は全く信用できないと思っている外務省が、国家が、鈴木宗男を切り捨てるために、全力を挙げて「国策捜査」を演出した。この本を読んで以来、マスコミが異常にお祭り騒ぎ的に囃し立てる報道の裏には、いつも何かが隠されているのではないかと疑心暗鬼になってしまう。それくらい、インパクトのある本である。

そもそも外交や諜報活動、実行力発揮のための政官の協力体制などというものは、グレーゾーンが広いことは言うまでもなく、当たり前のように行われていたことを、ある日突然、流用とか癒着とか言いがかりをつけるのは簡単なことだと思う。それにしても、これだけ大々的に、大っぴらに、民主主義化されて久しい日本で、一般国民までが国家によって狙い撃ちされ、あっという間に「犯罪者」として位置づけられてしまうようなことが現実に起こっている、ということにはうすら寒い恐怖を覚える。

佐藤優は、ノンキャリだが傑出した外務省官僚であり、諜報のプロだが、元々同志社大学で神学を専攻し、大学院まで勉強した、という少し変わった経歴をもっている。あとがきで、「今から思えば五百十日間の独房生活は、読書と思索にとって最良の環境だった。学術書を中心に二百二十冊を読み、思索ノートは六十二冊になった。その中で繰り返し読んだのが聖書『太平記ヘーゲル精神現象学だった。」と述べているくらいなので、古典歴史教養が極めて高く、その歴史的・社会学的推察は高邁で、文章も抜群に上手い。とにかく、緊迫感があってぐいぐいと引き込みながら、日露外交の裏話から、外務省官僚の生活、独房生活の具体的な描写、どの面を切り取ってみても実に面白い。

日産元社長のカルロス・ゴーン氏が108日ぶりに保釈され、森友事件の籠池氏は初公判で「これは国策捜査だ」と語った。こういう事件全てを一緒くたにして「国策捜査」と片付けてしまうのは尚早だ。実際、佐藤優氏自身はカルロス・ゴーン氏の逮捕については「これは、国策捜査ではない」との見解を示している。(『現代ビジネス』の記事より)ただ、日本の画一的なマスコミ報道のあり方やお上の「検察」が嫌疑をかけた時点で有罪扱いされることが許されるような世間的風潮に、一歩後ろに引いて眺めてみようと思うきっかけにはなる。

『国家の罠』を今また読み直して面白いな、と思うところはもう一つあって、ロシアとの北方領土問題が再燃している時期だからである。ここへきていよいよ「2島(先行)返還」の選択肢が現実味を帯びてきているが、この「2島(先行)返還」については、既に鈴木宗男氏と佐藤優氏が外務省で活躍していた頃から秘密裏に交渉のテーブルに上がっていたことが、本書を読むと分かる。これを読むと、北方領土交渉についてはある意味で、丸々20年間時が止まっていたとも言えるのではないかと思ってしまう。いや、時を一方的に止めてしまったのは内紛に明け暮れた日本の外務省だけなのかもしれない。とにかく今読んでも得るところの大きい一冊である。

【参考】

●佐藤優氏のカルロス・ゴーン氏捜査についての見解はこちら2018年12月『現代ビジネス』)

●佐藤優氏の北方領土2島返還についての見解は

『現代ビジネス2018年12月)

niftyニュース池上彰氏との対談

『クーリエ・ジャポン』記事(2018年11月)


書評『ベルリンのカフェ 黄金の1920年代』 ユルゲン・シェベラ ②

読みながらドイツ文化についてはまだまだ自分の勉強不足を痛感した本書だが、「編集的文化が発生する場」を考える上では、参考になることが非常に多かった。

どんな場であれば、より編集的文化が発生しやすいのか、それを事前に予測するのは難しい。それは活気と賑わいがありかつ「編集的文化が発生する」カフェを人為的に作り出すのが難しいのと同じである。

豪華な内装?居心地の良さ?コストパフォーマンスの良い食事?ベルリンの伝説的なカフェ「ロマーニッシェス・カフェ」についての記述は、それらのある種健全な合理的ビジネス的観点を真っ向から否定するものである。

ギュンター・ビルケンフェルトは、かつてこのカフェをつぎのように描いた。

「店そのものは後期ヴィルヘルム時代のロマネスク趣味からとられたその名前とおなじように、生彩を欠き、あたり一面冷やかな雰囲気を漂わせていた。(略)建築様式が不愉快このうえないもので、しかも料理がまずいという点では、プロイセンのあらゆる待合室となんら変わるところはなかった。(略)そしてこれが、スレーフォークト、オルリーク、モップが毎日コーヒーを飲んだ店なのであった!」

ロマーニッシェス・カフェの食事はまともに口にできるしろものではなかったが、どっちみち、ここで食事をとろうというのはフリの客であろうと考えられていた。というのは、フィーリング氏がいうように、「食事はいちげんの客に供するものでしかない。常連はどこか別の場所で食事をとる。すくなくとも、お金をもっている常連はそうである。」

これが、さまざまな芸術家たちで賑わい、フリードリヒ・ホレンダーのかバレットにも取り上げられた伝説のカフェの内実なのである。

そんな資本主義的観点から言えばサイテーカフェにどうして人が集まるのか?一つの鍵は、まさにその資本主義的観点にあると思う。つまり、そこにある種の経済的メリットがあるということだ。

著者のシェベラは、序章でこう述べている。

芸術と精神的生産のための伝統的な創造・討論・取引の場(劇場、アトリエ、画廊、出版社、編集部)と並んで、いまや、それ以上の意義を獲得していったのは芸術家カフェだった。彼らは、新しいプロジェクトについて議論し、そしてなによりも「売りこむ」ために、ここで落ちあった。

これは、カフェだけでなく、サロンやクラブにおいても重要なファクターであると思う。自由な議論や交流の場という観点ももちろん必要なのだが、人々を集める求心力として、「パトロンがいる」ことや「具体的な仕事の売り込み先がある」ことが重要である、という点は、この種の場所をめぐる議論の中でもっとスポットを浴びて良い、と私は思う。

たとえば、「誇大妄想狂カフェ」についての記述

(給仕長の)ハーン氏は、客たちから頼りにされる人物であると同時に客のツケ保証人でもあり、また質屋営業者でもあった。幾人もの支払い能力のあるパトロンや芸術後援者と密約を結んでおり、そのため客の知らないうちに、勘定が済んでいる場合もしばしばあった。

あるいは「レストラン・シュリヒター」についての記述

マックス・シュリヒターはこのレストランを、いつでも弟の作品を販売できるようなギャラリーとして利用していた。(略)ちなみにこういったことは、当時のベルリンではなにも例外なことではなかった。多くの若い芸術家たちは展示場や販売のための場所として、レストランやカフェを利用していたからだ。

もう一つ、これはまだあまり掘り下げて考えられてはいないのだが、活気あるサロンやクラブ、カフェなどの共通点として挙げられるものがある。それは、常連たちの連帯感やクローズド感を醸成するための仕掛け、身内だけのルールやゲーム、言葉遊び、といったものだ。

「誇大妄想狂カフェ」では、仲間内でさまざまなあだ名で呼びあったことが、常連エルゼ・ラスカー=シューラーによって記されているし、(P28)、素描画家ジョン・ヘクスターによれば、常連たちは夜な夜な韻文で話したり、頭韻転換するなどの言葉遊びに興じ、それがまたこの有名カフェの風物詩ともなっていた。(P34)

ハイデン=リンシュ『ヨーロッパのサロン』の記事でも少し触れたが、言葉遊びやゲームというのは、東西のサロン文化の中では重要なファクターである。田中優子さんの『江戸の想像力』では、日本式サロンとも言うべき「連」と俳諧のネットワークについての非常に興味深い記述がある。「編集的文化が発生する場」に重要なファクターとして、また別の機会に考察してみたいテーマである。


書評 『ベルリンのカフェ 黄金の1920年代』 ユルゲン・シェベラ ①

いつもながら、サロン・クラブ・カフェなど「編集的文化が発生する場」を研究する一環として。

1920年代のベルリンというのは特別な意味がある。以前読んだ、NTT出版の共著『クラブとサロン』でも、長澤均さんが「狂乱の夜、歓楽の夜 サロン都市ベルリン」と題する章を割いて論じており、気になっていた。

《ベルリン、それは狂乱と歓楽の首都であり、さまざまな大衆文化の発行の地であった。1920年代に世界都市としてヨーロッパの文化センターともなった(略)この時代のベルリンを劇作家カール・ツックマイヤーはつぎのように評した。「人々はベルリンについて論じあっていた。(略)ベルリンを征服することは、すなわち世界を征服することであった。」たしかにベルリンそのものがあらゆる欲望の終着駅であった。ここには「夜の生活(ナハト・レーベン)」があり、ヴァリエテ、レヴューといったあらゆる見世物があり、芸術的かバレットがあった。アヴァンギャルドと政治がその沸点を見出し、ロシア亡命者と遊民が混淆文化を形成し、モルヒネとコカインと狂乱と狂気と享楽をつくりだしていた。そして、そのすべてが、“大衆”の出現、すなわち“新中間層=ホワイト・カラー“の出現をまって成立したものであった。大衆の欲望・・・新時代の文化・風俗はよかれ悪しかれ、この大衆の欲望にその基軸をもたざるをえなかったのである。》『クラブとサロン』より

ドールマンの著作『ヨーロッパのカフェ文化』でも、有名な「誇大妄想狂カフェ(カフェ・グレーセンヴァーン)」や「ロマーニッシェス・カフェ」など、ヴァイマル共和国時代のベルリンの賑わいについて触れられている。

私自身が、かろうじてトーマス・マンとヘルマン・ヘッセとゲーテを少しだけ読んだことがあるくらいで、ドイツ文学や文化についての素養が全くないので、本書の中で触れられるドイツ文化人達の名前にいまいちピンとこないのがもどかしいばかりなのだが・・・ベルトレト・ブレヒトの戯曲『三文オペラ』はもちろん、ノーベル賞作家のゲールハルト・ハウプトマン、エーリヒ・ケストナーやレマルクくらいはせめて読んでおかなければ・・・と痛感した次第。カフェやレストランなどについての本なので、ドイツ文化そのものについての詳細な言及は少ないのだが、『三文オペラ』を生んだ世紀の店「レストラン・シュリヒター」の章で、ベルトレト・ブレヒトとヴァルター・ベンヤミンの交流について触れられた文章は興味深いので残しておく。ベンヤミンについては『複製技術時代の芸術』を読んだ後未消化のまま残っているので、また改めて論じてみたい。

《ベンヤミンはブレヒトと一緒につくりあげようとしていた新しい美学構想について書いている。(略)ここで問題になっているのは、芸術を社会に関与する契機としてとらえようとする、芸術の機能の新たな定義なのである。芸術生産を、そして同時にまた芸術生産の社会的基礎をも変化させるような契機が、ここでは問題となっているのだ。

ワイマル共和国では、このような革命的・唯物論的美学はほとんど影響力をもてなかった。しかし、この美学は例の20年代の生産的な遺産である構想ーそれらは遠く現代にまでその影響を及ぼすのだがーのうちのひとつなのである。》