『ガール』 奥田 英朗


今でこそ、「○○女子」というのが流行っていて珍しくもなんどもないけれど、これはプラスの意味でもマイナスの意味でも「女子」という言葉が流行る前に書かれた小説。5人の働く女子を主人公とした短篇集だ。印象的なのはやはり表題作だろうか。

由紀子は大手広告代理店に勤める32歳。花形の業界で仕事をしていて、お洒落も大好き、合コン、サークル、クラブにナンパ、と華やかな毎日。でも、時折思う、「もうガールじゃいられない」
残りのコーヒーを飲み干し、洟をひとつすする。
 もうガールじゃない、か。由紀子は小さくため息をついた。わかっている。三十二といえば、若さが売りにできる歳ではない。男はともかく、女はそうだ。
 由紀子自身、近年特典が減っていくことを肌で感じていた。十人並み以上のルックスに恵まれたおかげで、学生時代からずっと「おいしい」思いをしてきた。(略)それ以上に、おじさんたちからちやほやされた。世の中全体から構われた。要するに、祝福された存在だったのだ。その特典が今、手の中から次々とこぼれようとしている。
由紀子の不安は、同じ職場の、「三十二の自分ですら「CLASSY.」なのに」未だに「Cancam」までチェックし、「可愛い系」を死守しようと奮闘する38歳の先輩「お光」の姿を見る度に、ますます膨らんでいく。このへんもアルアルだろう。さらに、由紀子とお光の共同プロジェクトの前に、クライアントとして、おかた~い百貨店の女性社員・安西博子が立ちはだかる。紆余曲折あるものの、クライマックスでは、お光の機転により、博子がひょんなことからファッションショーのモデルに担ぎ出され、ピンチを凌ぎ、ショーは大成功に終わる。
「やだなア。恥ずかしい」
 安西博子はあれこれいいながらも、変身していく自分の顔に見とれていた。小さく向きを変え、サイドを確認したりしている。
 それは彼女が初めて見せた、ガールの顔だった。由紀子はうれしくなった。なんだ、堅物のふりして。本当はガールでいたいわけじゃん-。
 (略)
 「光山さんって楽しい人ですね」安西博子がはにかんで言った。もはや堅物の彼女ではない。すっかり打ち解けた様子だ。
 「うちの会社、ああいう人が多いんです」由紀子が口をすぼめて見せた。「生涯一ガールってタイプが多いんです」
 二人で笑った。心から笑った安西博子は、本当に可愛かった。
 生涯一ガール。きっと自分もその道を行くのだろうと、由紀子は思った。この先結婚しても、子供ができても。そんなの、人の勝手だ。誰にも迷惑はかけていない。
あと面白かったのは、「ヒロくん」という話。バリキャリの女性総合職の聖子は、女性管理職に昇進。やる気満々で臨んだものの、年上にも関わらず、派閥争いの力学で不本意にも聖子の部下になってしまった今井は、反抗的な態度。後輩の女性社員を教育したいという聖子の意図に逆らって、女性社員を「女の子」扱いしたまま、まともな仕事もさせない。直接対決で、ますます態度を硬化させる今井に手を焼き、上司の木原に顛末を報告するが、、、
 「武田、おだてて使うっていうのも、管理職には必要な手腕だぞ」と猫撫で声で言った。
  (略)
 「男を立ててやれよ。男なんて単純だぜ。あなただけが頼りなの、なんて目をすれば、しゃかりきになって頑張るものさ」
 耳を疑った。木原は今井を叱責するどころか、自分を懐柔しようとしている。
 「そのお言葉には異議があります。どうして男だけ立てなければならないんですか?女は立ててもらえないんですか?」
 「いや、だからね。あいつは運動部出身で、男女平等の観念が薄いんだよ。」
 「それで許されるんですか?」聖子は目を剥いた。
  (略)
  木原を見損なった。なあにが男のメンツだ。そんなもの、男以外の誰も認めてなどいない。日本国憲法だって認めていない。権利のつもりでいたら大間違いだ。
現実には、「男なんて単純だから、まあ立てておくか」なんて安易な対応をすることは、職場でもしょっちゅうあると思う。でも、プライベートでは各自好きにやればいいと思うが、会社でそれがまかり通っているのはおかしなことだ。「運動部出身だから」って何だそりゃ?と、全くその通りなのだが、そういう言い訳が何故か通用してしまう、おじさんたちによる、おじさんたちのための、現代ニッポンの会社組織。でも、面倒臭いからと言って、そういう安易な対応し続けるのは、今後働く女性たちのためによろしくないなあ、と振り返って我が身も反省。主人公も、自分が育てようとしている後輩女性の手前、そんなことで引くに引けない、という意気込みがあっての、この発言なのである。
男の側からは中々できないこの種の指摘。それとともに、「ガール」で見せたような、女のずるさ、甘さもきちんと描いてみせる。奥田英朗の洞察力・観察力は見事だなあと思う。『ガール』は、働く女性には共感できる部分がたくさんあると思うし、出きれば男性諸君にも読んでいただきたい一冊である。

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