書評・小説 『うたかた』 田辺聖子


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田辺聖子は、数年前に映画化もされて話題になった『ジョゼと虎と魚たち』を読んでそれまでのイメージが一変。なんとも胸にぽっこりと何かが残るようなせつなさと面映さがあって、すごく好きな感じだった。それから、光文社文庫日本ペンクラブ編・唯川恵撰の『恋愛アンソロジー こんなにも恋はせつない』に、「おそすぎますか?」という短編が載っていて、これもハッピーエンドではないちょっとせつないお話で、印象に残っていた。

余談だが、私はこの光文社文庫の、有名作家がお気に入りの短編(いろんな作家の)を選んだアンソロジーシリーズが大好き。やっぱり江國香織や川上弘美のように、自分の好きな作家が選んだ短編というのはどれも素敵。(ちなみに、小池真理子&藤田吉永撰はイマイチだった・・・やっぱり作家の趣味が合う合わないがあるなーと思った。)色々な作家のアンソロジーって意外と無い。出版社が人気作家を集めて無理やり一つのテーマで短編をつくらせる、というのはあるが、そういうのはいかにも間に合わせでつくった短編なので、質が低い。海外の作家やクラシックなものからも幅広く印象的な短編を選んで、アンソロジーをつくってもらうと嬉しいのだが、選ぶ人のセンス&読書量が試されるので大変なのだろうか。そうそう、山田詠美の『せつない話』シリーズも好きだった。
話がそれたが、そんなこんなで、田辺聖子の短編はなかなか良い印象があったので、この間実家に帰った時に母親の本棚に埋もれていたこの本を拝借してきた。田辺聖子のほんとに初期の短編作品が5編収められている。時代設定はさすがにかなり古い。
今まで読んだものもそうなのだが、表面的には結構からっとしているのに、最後に胸にせつないわだかまりが残るような、そういう話が多い。そのわだかまりは嫌な暗い感じではないんだけれど、なんだか心にぽかっとしたものが残ってしまう。そういう意味では、全然「しゃべりすぎ」な感じがなくて、むしろ「あれっ?」と淡い期待を裏切られるようなさらっとした終わり方をしている。でも良い短編というのは、多かれ少なかれ、そういう裏切られ方がどこか心地よくて、かえって心に残るものだろう。
表題作の「うたかた」は、難波のチンピラが偶然出会った普通のお嬢様っぽい女の子と一瞬だけ夢のような恋をする話。女は突然姿を消し、チンピラの主人公は、夢のような湖岸ホテルで過ごした一夜が忘れられなくて、懸命に彼女を探すが見つからない。その後、偶然彼女の姿を発見し、喜んで声をかけた主人公に対し、彼女はまるで別人のように接し、脅されるのではないかと心配している始末。主人公は傷つき、女を罵って姿を消す。

ナベちゃんよ、
これで俺の話は終りだ。
俺はただ、あの詩のことをいいたかっただけだ。

身をうたかたと 思うとも
うたかたならじ わが思い
げに卑しかるわれながら
うれいは清し 君ゆえに

やっぱりこの詩はウソじゃない、この先生はウソつきじゃない。なあ、あの夜、湖岸ホテルの夜の幸福はやっぱりうたかたではなかった気がする。

チンピラは、難波の汚れた町に帰ってきて、ヤクザ仲間に入った少年や、17歳で売春して病気になった少女との日々がまた始まる。最後に、突然ぽっと主人公が呟く。

人間なんてうたかたみたいなもんだ。------ただ、恋したときだけ、その思いが人間自身より、生きているようだ。

この文のところに、なぜか赤えんぴつで線がひいてあった。若い頃の母親が引いた線かしら、と思うと、ちょっぴりこそばゆいような、歯がゆいような気持ちになる。

田辺聖子先生は、なかなかココロニクイお話を書きはります。

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