『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』 小林 弘人


以前読んだ『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』の対談がとても面白かったので、小林弘人のこちらの新書も読んでみた。

「社会はウェブをコピーする」というのが本書の大きなテーマである。ウェブの中で進んでいるオープンやシェアといったコンセプトがいかに現実社会の中でも拡大していくか、ということを色々な例をあげて説明している。まとめてしまうといかにも月並みに聞こえるが、具体的なウェブ上のサービスやビジネスアイデアが挙げられているので読んでいてとても興味深い。

特に面白かった部分を引用しておく。

まず、ウェブの浸透によりニッチ市場が深く開拓できるようになった点について

情報の選別とは、それがあなたにとって意味のある信号か、あるいはただのノイズかである。これまでのマスコミュニケーションにおいて、情報とはすなわり「露出量」だった。「露出量」は「愛着」や「共感」もさることながら、まず「注目」を集めることに重きを置く。しかしフェイスブックの登場以降、情報は「強弱」に変わった。たとえば、あなたにとって「強い」情報とは何だろうか?それはあなたが信頼を寄せる人からの情報発信だったり、親近感を感じるものだったりするだろう。そして、それは同時にあなたの注目を獲得する。

ライフスタイルの多様性に対し、リアル社会はすべてには回答を用意できない。なぜなら、リアルではコストがかかりすぎるからだ。逆にリアルではニッチすぎて売り上げが少なすぎるかもしれないが、ウェブを用いたときにはそうしたニッチの集積によって、費用対効果としてそれなりに折り合う場所が発揮できるかもしれない。

ウェブ上における「オープン」さについて

私がインターネットのOSは「オープン」だといったのは、いちばん初めに「うちのサーバのこの領域を使っていいよ」「この回線に相乗りしていいいよ」ということがなければ、インターネット自体が成立しないということなのだ。

オープンを理解するうえで大切なのは、自分のリソースのなかで何を「パブリック(公的)」にするのかを選択することだ。このパブリックも、最初からどこかにそういう公共的な場所が用意されているわけではなく、多くの人が一部分を差し出したものの集合体を指している。

ウェブ上のビジネスイノベーションとこれから必要とされるデザインについて

かつてパーソナルコンピューターが進化する過程において、マウスというアイデアや・・・ダグラス・エンゲルバード・・・スティーブ・ジョブズたちがめざしたのは、”人間のもつ力の拡張”である。

新しい可能性を見つけ出すとき、そこに「ユーザー体験」がデザインされているかどうかが決定的に重要になる。・・・そうしたユーザー体験をデザインするという視点は現代のイノベーションには不可欠である。成功している企業はそのことに気がついている。・・・そうしたデザインがブランドの礎になっている。現代では体験自体がブランド価値に紐づくのだ。

スマートフォンという体験を提供するとき、そのいちばんプレミアムな部分は、技術的な性能よりも「使い勝手」だったのだ。

新規の参入者たちは、ビジネスで成功したい、モノづくりをしたいという気持ち以上にユーザー側のリアリティをもって、「どうしてこんなものを使わされていたのか」という発想で攻めてくる。人間中心主義の時代、これからのビジネスはハイテクだけではなく、インターフェイスや体験のデザインという「人間」の理解、それを軸に据えた発想の活用を急務とするだろう。

最近では、日本にも浸透してきているが、ウェブを活用したオープンでシェアなリアルサービスの実例も色々紹介されている。AirbnbやUberはもちろんこと、例えば、手づくりの料理をシェアするアメリカのサービス「ゴーブル・コム」、日本ではプロの料理人をチャーターする「マイ・シェフ」、世界中の主要都市でワーキングスペースなどの情報を提供するコ・ワーキングのネットワーク「ザ・ハブ」など。

小林弘人は、まだ日本では多くの人がインターネットって何?という90年代前半に「WIRED」日本語版を創刊し、日本発のブログ書籍化をするなど、日本のウェブメディアを牽引してきた人物である。ビジネスセンスは抜群だが、編集人としての視点も面白い。最先端のウェブメディアの情報やビジネス状況を伝えてくれる一冊としても面白いが、これかのサービスやネットワークのあり方を考える上でも重要なヒントを与えてくれる本だと思う。

・・・ウェブはテクノロジー偏重やアルゴリズムから人間力を活かす時代へ移ったという説明をした。・・・あらゆる面でこれからは人間力の活用が求められる。・・・そのなかで、ますます「文系」と「理系」の融合も進む。

しかし、・・・最後にその人の背中を押すのはストーリーやビジュアなど、文系的な領域だ。サイエンティスト(=理系)とロマンティスト(=文系)はますますタッグを組まなくてはいけない。一人の人間が双方を兼ねるのは難しい。

わざわざコンピュータを操作するという意識をもたずに日常のなかでネットに接続し、自己の能力を拡張するという実験は、二十年の時を経て、ついにグーグルグラスにまで進化した。

おそらく、そうしたハードウェアでも人間中心主義のテクノロジー利用はさらに進化するだろう。・・・ウェアラブル・コンピューターと組み合わせ、仮想空間と身体空間をつなぐことがパーソナルコンピューター、スマートフォンの先にある次のコンピューティングの一形態となるだろう。

人間の能力の拡張、思考とウェブ、身体とは何か、これはまさしく文学や芸術や哲学の出番ではないか。超文系諸君、巷の文系不要論に拗ねてアナログ架空空間に閉じこもっている場合ではない・・・とは言うものの、さしあたってどうすればいいの、という素直は問いに対して明確な答えはまだない(笑)

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