書評・小説 『三つ編み』 レティシア・コロンバニ


フランスで300万部を突破したベストセラー小説。3つの大陸の3人の女性達のストーリーが並行して進んでいく。

アジアからはインド。不可触民(ダリッド)のスミタは、娘を学校に通わせ、人々の排泄物を手ですくい、わずかな施し物と捕まえたネズミを食べる悲惨な生活から抜け出せるよう力を尽くす。しかし、その願いは無残にも断ち切られ、ついに戦わない夫を残して娘を連れて村を出る決意をする。

ヨーロッパからはイタリア。家族経営の毛髪加工会社で働くジュリアは、父の事故を機に、倒産寸前の会社を任される。不思議と心を惹かれて、インドからの難民の男性と恋に落ち、お金持ちとの望まぬ結婚が解決策だと言う母や姉の反対を退けて、インドからの毛髪輸入に切り替えて難局を打破しようとする。

アメリカからはカナダ。シングルマザーの弁護士サラは女性初のトップの座を目前にして乳癌の宣告を受ける。それを知った同僚たちの態度は様変わりし、誰よりも努力して築き上げてきたキャリアを失う。

一見、全くなんの関係もない3人の女性達の苦闘が、最後に「三つ編み」を通して結ばれる。スミタがティルパティの寺院でヴィシュヌ神の化身ヴェンカテスワラに捧げた頭髪は、ジュリエットの手で辛抱強くときほぐされ、最高級のかつらに生まれ変わり、サラの抗がん治療で脱毛してしまった頭を覆い、彼女にもう一度立ち上がる勇気を与える。そして、物語は終始、歌うような、語り聞かせるような、詩情に満ちた文体で紡がれていく。三つ編みをしながらカツラをつくる名も無い女性の手仕事のように。三つ編み、というタイトルが読みながら、そしてまた最後に生き生きと迫ってくる仕掛けが素晴らしい。

日本で話題となっていた触れ込みが「フランスのフェミニストが描いた感動作品」だったので、やや身構えて読み始めたのだが、女性の苦闘を描いたバリバリのフェミニズム文学、というのとはちょっと違う。著者がインタビューで「女性の自由と解放の物語を、強い女と悪い男の対立にしたくなかった」と語っている通り、女性達が闘う相手は男達だけではない。スミタの夫は戦う勇気は無いけれども優しさはある男だし、ジュリアの父親や恋人は彼女の背中を押してくれるし、サラの優秀なベビーシッターは男性だが、彼女を裏切って蹴落とそうとする後輩は女性である。

著者コロンバニのインタビューが、オンラインメディア『HUFFPOST日本版』の記事で公開されており、「フェミニズム問題」にはいつもモヤモヤしてしまう私でも読んで前向きな気持ちになれたので、興味がある方は是非読んでほしい。「人間を愛していれば、自然にフェミニストになる」と断言するコロンバニに、そういう捉え方でフェミニズムを語ってもいいのだ、とちょっと胸を撫で下ろす。

「私にとってフェミニズムとは、アンフェアな性差別のある社会に意を唱えること。それを行う人がフェミニストであり、男性か女性かどうかは関係ない。性差別のない社会を作るために、男女が対立する必要はありませんから」

一方で、インタビューで、この作品が多くの支持を得た理由を著者自ら「登場人物たちをポジティブに描いたから」と語っている通り、作品自体はちょっとポジティブ過ぎるというか、ややフェアリーテイルめいた出来上がりになっているのは否めない。バリバリのフェミニストなら、ジュリアの父親や恋人との関係やサラの母親としての姿の描き方を、一面的だ、ジェンダー差別的だ、と感じて非難したくなるかもしれない。

さらに、スミタに代表されるインドの女性達の境遇はこの作品の中で最も強烈なインパクトを残すが、前向きなハッピーエンドで締めくくるには余りに重た過ぎる問題だ。スミタの物語の中で、女盗賊プーランの名前が出てくるが、日本でも翻訳されて一時期話題になった彼女の自伝『女盗賊プーラン』を読むと、とてもじゃないが、村を出る勇気を持っただけで明るい未来が待ち受けているとは信じ難い。彼女の自伝を読むと、たとえ正しさがどれだけ担保されても、果たして闘い続けることが正解なのか、と首を傾げたくなるくらいに、インド社会の差別は壮絶なのである。宗教的バックグラウンドがあるからさらに問題は複雑だ。

やはりインドの壮絶な格差社会を描いたものに、イギリスのブッカー賞を受賞したアラヴィンド・アディガの『グローバリズム出づる処の殺人者より』という作品がある。インドの貧困社会から抜け出して立身出世した男の半生を振り返る物語だが、実際に貧困から抜け出すには本人の勇気や根性だけでなく、極めて非人間的な要素が必要だということがわかる。その社会の仕組みから抜け出すには、家族、場合によっては一族郎党まで犠牲にしなければならないからだ。迷惑をかける、といったレベルではなくて、文字通り犠牲、というレベルである。そしてまた、現在では、そのインド内の壮絶な格差が、グローバリズムの搾取の中に内包されてることまで想像していくと、スミタの髪の毛が、最終的にカナダの裕福な女性弁護士の頭を覆う結末を、単に美しいとだけは感じられない何かが残る。

この物語は力強いメッセージに満ちている。3つの大陸を繋いでいく三つ編みの構成の面白さが物語をビビッドに、美しく彩っている。このポジティブなメッセージと構成の美しさとで、性別や国を超えて多くの読者の心を掴んだことは素晴らしいと思う。ただ、読みやすさを求めるあまり、物語が御伽話めいていて、上滑りになっているところもないとは言えない。インドの壮絶な格差や貧困を持ち出してしまうと、嫌でもそう感じてしまう。

この作品を読んで、文学ができることはせいぜいこの程度だ」という気持ちと「文学にしかできないことがある」という気持ちの両方が湧いてきた。それは文学としては成功した、と言えるのかもしれないが。

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