書評・小説 『ダーティ・ワーク』 絲山 秋子


絲山秋子さんが『小説すばる』に連載した、連作短編小説。ギタリストの28歳の女性熊井望を核に、直接的間接的に繋がる人たちの姿が、次々と視点を変えて語られていく。

私は音楽の中でもロックが苦手で、そちらの方の知識は全く無いのだが、有名なタイトルの『ダーティ・ワーク』とは、ローリング・ストーンズ最盛期の有名なアルバム名らしい。各短編のタイトルも、全てローリング・ストーンズの曲名から取られていて、そのタイトルや歌詞が物語の内容を暗示するようになっている。中々にくい構成になっており、連作短編によくある、読み進めるうちに、バラバラの登場人物やエピソードがつながり始める、という面白さもあって、作り方がうまいなあ、と感心させられた。ローリング・ストーンズのファンの方であれば、もっと楽しめたと思うが、そちらの曲は全く頭に浮かばない私でもそれなりに楽しめる。

とにかく最近では、「小説の中で音楽を感じられるのか」っていうのが、一つの試金石みたいになっているんだなあ、と思う。小説の中に音楽を持ち込んだと言えば、なんといっても村上春樹なんじゃないかと思うのだが、そう言えば、江國香織さんの小説も、何度も具体的な曲名が出てくる。もちろん、それまでの小説にも、具体的な音楽や曲が小説で重要な役割を果たす、ということはもちろんあったのだけれど、村上春樹みたいに「小説の始まりから終わりまでずっと音楽が流れてる」というような感じではなかった。

こんなことを思ったのは、実は、先日読んだ『ボクたちはみんな大人になれなかった』の燃え殻さんの対談を読んだからだ。糸井重里さんとの対談で、作者の燃え殻さんは意図的に小説に「ここでこういうのがかかっていたらいいなと思って」「音楽を入れた」と語っていた。実際、『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読んでいると、テキストの物語を読んでいる、という感じが全くしなくて、時折流れる音楽に合わせたショートムービーでも見ているような気分だった。小説に溢れる商業的音楽と映像。インスタグラムから、YouTubeにTik TokにClub house、とメディアがどんどん細切れかつ音声と映像とショートテキストの複合化していく中で、今後、この流れがどういう風に進化していくのか、興味がある。返って「無音」な小説が新鮮になったりして。

話がだいぶ脱線してしまったが、音楽が流れている小説、という点以外に、絲山さんの小説が今風だなあ、と思うのは、その寂寥感、殺伐感である。ただ、私が個人的に好きなのは、そこにダークさだけでなくて、温かみというのか救いが一筋残るところだ。この小説も、『ダーティ・ワーク』というタイトルの語感とか、冒頭の「Worried about you」で熊井望が見せているどこか投げやりな生き方と孤独感とか、初めはなんか暗そうだよなあ、と身構えていた。でも、遠井が大学時代の女友達の美雪を見舞って、悪性リンパ腫に苦しむ姿を見守る「moonlight mile」では、思わず泣いてしまったり。最後は、主人公の熊井望がずっと忘れられない高校時代の友人TTが高井である、と話が繋がって、二人が再会し結ばれる、というラスト。ドロップアウトしてパチンコ通いがやめられない男、匿名で3人の女のセックスフレンドを職務のようにこなす男、お堅いサラリーマンと結婚しながら脇腹に悪魔の刺青を隠し持っている女、みんなどこかタガが外れたような、病んでいるような人たちなんだけれど、不思議と温かい。

この、ダークでドライなんだけれどどこか温かい、という絶妙な空気感は、デビュー作の『イッツ・オンリー・トーク』でも、芥川賞を受賞した『沖で待つ』でも、感じたものだ。これが絲井秋子さんのすごいところなんだと思う。日本の現代作家には明るくないので適当な印象だけど、川上未映子や村山由佳みたいなウェットさとも違うし、村井沙耶香や沼田まほかるみたいに生きてるのが嫌になるようなダークさはない。なんとなく、吉田修一とか柴崎友香とかのドライさと共通するような気もするが、もっと軽やかで中性的で明るい。この湿度と温度は、真似しようと思っても中々真似できないのではないだろうか。個人的に、とてもとても気になる作家さんなのである。

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