書評・小説『カイマナヒラの家』 池澤 夏樹


大好きな本。小説と言っていいのか、芝田満之の素敵な写真と共に、池澤夏樹の趣ある文章で語られるショートストーリーの数々をまとめた、まるで詩集と写真集と小説の間にあるような本だ。

池澤夏樹は結構読んでいるのだが、長篇小説よりも、『きみが住む星』とかこの『カイマナヒラの家』みたいなジャンル特定が難しいような作品が一番好き。でもエッセイも良いし、『スティル・ライフ』みたいな短編小説も大好きだし、最近では世界文学全集でも日本文学全集でもお世話になっているし、とにかく多才で博識な方であり尊敬してやまない作家さんである。

舞台は、ハワイ・ホノルルのカイマナヒラ=ダイヤモンドヘッドのふもとにある古い一軒の家。そこに管理人として住み込んでいるロビンとジェニー、そしてハワイとサーフィンに取り憑かれて日本から暇をみては飛んで来る「ぼく」たちをめぐる物語。

たった1、2時間で読み終わってしまうくらい短い話なのだが、夏が近づいてくると読み返したくなる。ステキなステキな大人のお伽話。彼らが住んでいる家は、ハレクラニホテルも手がけた有名な建築家チャールズ・ディッキーが設計した古びてはいるが、クラシックな大邸宅。そこに、一時的な修繕と管理のために住むことになったロビンは、ハワイ原住民のエリート出身で、今はヴィンテージ・アロハの仕事をしていて、VWのマイクロバスとゴーギャンの絵の複製をコレクションしていて・・・と、色々出来過ぎではあるのだが(笑)、現実感なんてこのステキなお伽話の前では二の次である。初めて読んだ時は、たぶん、主人公たちより若いくらいの年代で、今回読んだのはもうその歳をだいぶ超えているから、自然と読後感は少々異なってくる。それでも、「いいオトナがこんな暮らしできるかいな」なーんて、羨ましさ半分しかめつらしたくなるオジサンオバサンの口を優しく封じてしまうような不思議な魅力がある。

「サーフィンに出会えたら、それでその人生はもう半分は成功なのよ」

ジェニーのこの言葉はずっと忘れられない。私はサーフィンはリゾート地で数回経験した程度だけど、サーフィンの魅力は、本当にうっかり人生を変えてしまうくらい奥深いものだと思った。

こういうことって、言葉じゃないんだよね。 言葉にならない。 水の上にいると何も考えない。・・・ イメージはきまっているんだ。 着実にやるだけなんだ。 そうなるまでに百回も千回もトライする。 千回やっても、相手は波と風だから千回ぜんぶ違う。 結局あらゆる条件を経験することになるのさ。そこでイメージが生まれる。

こちらは、ジェニーの恋人ミッキーがウインド・サーフィンについて語った言葉だが、「言葉にならない」と言いながら、さすが池澤夏樹は的確に表現していると思う。

蛇足だが、お話の中で出てくる彼らの食事がとっても素敵で、それも私がこの本を好きな理由の一つかもしれない。ちょっと立ち寄った知り合いの有名なサーファーのおうちでつくってくれる、お庭のハーブをたっぷり使ったアルデンテのスパゲティ。みんなが集まるディナーにそなえて、午前中から広いキッチンで粉を捏ねて準備するピザ。メニューはその自家製ピザとローストビーフとたっぷりのサラダ。本当にさりげない描写なのだけど、お伽話には美味しい描写は欠かせないのである。村上春樹が好きな食いしん坊には、きっとこちらも気に入っていただけると思う。

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