書評・小説 『アイルランド・ストーリー』 ウィリアム・トレヴァー


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アイルランド出身の作家、ウィリアム・トレヴァーの短編集。短編の名手として知られているが、『フェリシアの旅』(99年・カナダ)、『フールズ・オブ・フォーチュン』(90年・アメリカ)など、長編作もいくつか映画化されている。

アイルランドの歴史や風土を主題にしたものも多いが、本作に続いて日本で刊行された短編集『聖母の贈り物』を読んでみても、幅広いテーマと老若男女問わず多様な人物像を描いているのが印象的だった。『聖母の贈り物』で一番好きだったのは、戦争がもたらす非人間性や冷酷さを浮き彫りにした連作「マティルダのイングランド」で、古き良き日々の追憶に囚われるマティルダという女性を主人公にしている。一方で、冒頭の「トリッジ」では、閉鎖的な男子校の思春期特有のいじめや同性愛的戯れをブラックなユーモアたっぷりに描いていたりして、扱っているスパンがとても広いのだ。

本作品は、タイトル通り、アイルランドにちなんだ作品を収録したものだが、それでも、やはりテーマも主人公のタイプも多岐に渡っている。アイルランドの片田舎の青年がテロリストに加担して巻き込まれていく「哀悼」や、アイルランドで少数派であるプロテスタント派の歴史を描いた「アトラクタ」といった、やや政治的、歴史的なテーマの作品もあれば、「女洋裁師の子供」や「音楽」のような、アイルランドの潜在的な貧しさを浮き彫りにした作品もある。主人公が近所で半分狂人と噂される女洋裁師の子供を車で轢いてしまい、その亡霊に付き纏われるという「女洋裁師の子供」はどこかオカルト的不気味さを漂わせているが、自分をいじめた女性教師を追い詰めていく子供が主人公の「ミス・スミス」も同じような怖さがある。貧困と幽霊と熱心なカトリック的信仰心とがないまぜになったような、独特なアイルランド的気風は、『聖母の贈り物』の表題作や本作の「聖人たち」といった作品にも現れている。

結婚や恋愛がテーマにある作品もあるが、本作での「第三者」や「トラモアへ新婚旅行」では、女性の結婚への打算や結婚後の変わりなどが描かれている。『聖母の贈り物』の「イエスタディの恋人たち」でも同じようなテーマが描かれているし、本作の収録作品「見込み薄」では、アイルランドの政治運動に絡めて女性結婚詐欺師のような主人公が描かれていて、ひょっとしてウィリアム・トレヴァーは女性不信でゲイなのではないか?と密かに疑ったりもした。(英語版Wikipediaによれば、女性のパートナーと結婚されているそうです。最近、フェミ関連書籍の影響か、ミソジニーの男性はすぐにゲイではないかと疑ってしまう悪い癖、笑)

ただ、女性への不信感が剥き出しにされた作品ばかりかと言えばそうではなくて、「キャスリーンの牧草地」は、メイドとして雇われたキャスリーンが家族の期待と雇い主からのセクハラの板挟みで苦しむフェミニズム的作品だし、「パラダイスラウンジ」は、年老いた女の秘め続けた禁断の恋が暗示されたとても繊細な作品である。私は本作の中では、この「パラダイスラウンジ」が一番好きだった。一方的に男性目線で女性を糾弾しているわけではなく、女性の繊細な心理に分け入って描くこともできるわけだ。うーん、こうやって一つ一つ挙げてみると、本当になんて幅広いんだろう。

こういう短編集は、一つ一つに全く別の味わいがあるので、丁寧に一遍ずつ時間をかけて読んでゆくのがいい。時代も性別も舞台も、それぞれに異なっているその落差を楽しみながら、最後のページを読み終えた後で、ふわっと「アイルランド」の香りが立ち上ってくる、そんな読み方が好ましい。

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