『芸術起業論』 村上 隆


数年前に読んで面白かったので再読。彼のアートに特別興味があったわけではないが、この本のタイトルには惹かれた。元々物書きではないので、時折言葉が乱暴だったり、話題があちらこちらに飛んで論理立ってない部分もあるのだが、それでも、彼の言いたいことと熱意は十分に伝わってくる。評論家や学者が語るのではない真実味と面白さがあるのだ。

欧米中心のアート業界で、欧米の文脈、歴史的背景を理解して戦略的に作品を生み出すことの重要さを説き、芸術作品はコミュニケーションを成立させられるかが勝負であり、その手段としてマネーが重要である、と言う。

《欧米の美術の歴史や文脈を知らないのは、スポーツのルールを知らずにその競技を見て「つまらない」とのたまうことと同じなんです。

「アートを知っている俺は、知的だろう?」

「何十万ドルでこの作品を買った俺って、おもしろいヤツだろう?」

西洋の美術の世界で芸術は、こうした社交界特有の自慢や競争の雰囲気と切り離せないのです。そういう背景を勉強しなければ、日本人に芸術作品の真価は見えてこないのだと思います。》

芸術至上主義を信奉する(あるいはしたがる)人から見れば、これはとても俗っぽい考え方なのかもしれないが、実際に欧米の(特に近代以降の)美術史を俯瞰すれば、これはとても頷ける話なのである。若林直樹著の『退屈な美術史をやめるための長い長い人類の歴史』でも、《近代美術の経済史は誘惑産業の歴史》《文化的劣等感を抱く新規参入者の歴史》だと言っている。

《まだ欧米のルールは有効なのだから、世界で勝負をしたいと願う今の表現者はまだ欧米のルールを学ばなければならない。・・・海外の美術の世界は「すごい」と思われるかどうかが勝負の焦点になっています。

お客さんが期待するポイントは、

「新しいゲームの提案があるか」

「欧米美術史の新解釈があるか」

「確信犯的ルール破りはあるか」

といずれも現行のルールに根ざしています。》

写楽や北斎もあくまで「ジャポニズム」という観点で欧米美術史の文脈の中で評価されたに過ぎない。こういう現実を踏まえて、欧米の文脈の中でみた今の日本、を表現したのが世界的アーティスト村上隆の始まりだという。

《・・・仮にぼくの理論が目茶苦茶だとしても、ぼくのしたことには意味があるのです。西洋美術のどまんなかで日本の美術の文脈の一つとしてゆく入口を作ったのですから。》

《ぼくには日本の文化を「欧米の美術の文脈」の中でちゃんと伝えられているという自負があります。アメリカで芸術の文脈や理論の構築方法を学んだからこそ、翻訳ができているのです。》

ここから、日本のオタク的文化、スーパーフラットな表現性、かわいさを重視する文化、などを翻訳していく村上隆の「戦略」が見えてくる。

《オタク文化の翻訳で思うのは、オタクというのは、やはり世の中で言われているままの文化であるということなのです。現実逃避からはじまり、欲望に肉薄している暗い表現。・・・文化に橋をかけるという気持ちでやっていることがオタクを搾取して自分の作品にしていると敵視されることもあります。・・・ぼくの日本文化への言及については、オタクから批判されることもあれば、日本の美術の世界で批判されることもありますが、そういう時にはいつも、

「じゃあ世界に向けて翻訳してみろよ」

と思います。本当のオタクは翻訳の必然性をまったく感じないのでしょうけど。》

当然ながら、これをつきつめてゆくと、重要なのは真に日本的なものやオタクなものを表現することではなく、欧米人が捕らえられる(あるいは捕らえたがる)姿での日本的なものやオタクなものを表現する、という方向に行ってしまう。ただし、そういう翻訳のリスクみたいなものを犯さなければ、結局、何も表現できない、表現したとしても誰にも省みられないことになってしまうというのも事実である。

《芸術は、アートは、「マネー」との関係なくしては進めない。

一瞬たりとも生きながらえない。

なぜならば、芸術は人の業の最深部であり核心であるからなのです。

しかし、日本ではその事実を突きつけた瞬間、浪花節のこぶしの力で!

気合いで!!

「金に汚い人間は古来より尊ばれている武士道に反する!」

と目くじらを立てられることも、これまた事実。・・・

私は芸術を生業とすることに誇りを感じており、後ろめたさ等、万分の一もなく、そしてその「マネー」=「金」こそが人間が超人として乗り超えるべき時にでも、へばりつく最後の業でもある、だから、故に、この業を克服していく方法こそが真の、現代において練りあげられるべき「芸術」の本体であると思っているのです。》

あとがきのこのあたりになると、かなり論旨の混濁が見られるものの(笑)、村上隆の憤懣やるたかない感じも伝わってきて面白い。マネーと芸術の関係を理解することと、それを芸術家として或いは人間として超克しようとしていくことは、だいぶ異なるはずだが、どちらも非常に重要であり、それは「芸術家はお金のことは考えない」とか「芸術はお金とは関係ない」とかいう態度からは絶対に生まれ得ないのである。

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