『浮世の画家』 カズオ・イシグロ


実は読むのは3度目。カズオイシグロの作品は、いかにも海外文学らしいというか、本当に繊細で微妙な作風なので、レビューするのをついつい怠ってしまい、結果、なんの話だったかすらあまり覚えてなかったり…(笑)この手の作品って、ただ物語に乗って漂っているのが最高に気分が良くて、読後に分析したり語ったりすることで、何かが損なわれるような感じがしたり(←言い訳)

今度こそ、と重い腰を上げてレビューしてみよう。先日読んだ『遠い山なみの光』と同じく、戦後を舞台にした物語。もっと正面切って「戦争」をテーマにしているが、なんというか、カズオイシグロの場合は、戦争はあくまで歴史的なものではなくあくまで個人的なテーマに還元されている。歳をとってくると、そこが、なんとなく物足りないような、踏み込み方が足りないような感じもするのだが、逆に、その個人の感情や人生の機微を見事にすくい取って繊細に描ききっているところは見事。

戦時中には自らの信念に基づき、若者の戦意を鼓舞する絵を描き、道を外れた弟子を正そうとするあまり、特別警察に密告するような結果になってしまった主人公。

《軍の将校、政治家、実業家」…「連中はみんな、国民をあんな目に遭わせたと言って非難されている。しかし、俺たちの仲間がやることはいつもたかが知れていた。きみやおれみたいなのが昔やったことを問題にする人間なんてどこにもいない」》

こういう言葉の中に、一種の甘さがあって、読む者は何か釈然としない気持ちにさせられる一方で、主人公の家族との細やかなやりとりが繊細に描かれて、グッと感情移入させられてしまう。

中でも、孫の一郎とのやりとりは印象的で、物語の終盤、幼い一郎にした一口お酒を飲ませてやるという約束が、娘たちの強硬な反対により反故にされてしまうシーン(そんなところにも、老画家の権威の失墜が象徴的に描かれる)は、ホロリとさせられる。

《「ママがおさけをのませてくれなかったこと、しんぱいしなくていいからね」「おまえは急に大きくなったな」と、わたしはまた笑いながら言った。》

人間の弱さはかなさを厳しく追求しきってなお優しい物悲しさが、カズオ・イシグロの作品の底辺には流れていると思う。

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