書評・小説 『アイランド』 森瑤子


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1988年初版発行の森瑤子の小説。

森瑤子には珍しく、近未来の東京と南の島与論島を舞台に、七夕の天女伝説や源氏の落武者伝説をミックスした、SFファンタジー。私はあまりこの手のものを読まないのだが、特に英米文学では、大人が楽しめるSFファンタジーという分野が伝統的に存在している。森瑤子も、都会の不倫物語一辺倒に飽きて、ちょっと毛色の変わった作品を書いてみたかったのかもしれない。

小説の設定は2003年ということで、書かれた当初から約15年後である。SF作品の面白の一つは、作家が未来の世界や社会を描き出すそのイマジネーションにある。しかし、まあ、15年後というかなり近い未来に時代を設定した割には、ちょっと森瑤子さんイマジネーションが跳び過ぎかな、という気は否めない(笑)特に、技術的なことはかなり的外れで、設定の2003年から20年近くも経った現代に読むと、苦笑せざるを得ない感じだ。人型のロボットが執事や家政婦として仕えているとか、高速ジェットで数十分で東京と鹿児島の最果ての島与論島を行き来できるとか。こういうテクノロジー過信的な発想は、何もない戦後からバブルの波に乗った世代ならではかもしれない。ロボットとか移動手段とか物流とかの技術が思う程進まなかった代わりに、この20年で飛躍的に伸びたのは通信技術である。今の私たちからすると、他の分野でのありえないテクノロジーに比して、小説の中の人間があいも変わらず文書やFAXに頼っているのがおかしくて仕方ないが、インターネットの発展によりテキストや画像が全てデータ化する、という方向性を、当時予見できた人は少なかった、という証拠でもある。

森瑤子はSFなんて門外漢だし、技術的なことが的外れなのはいちいち指摘するほどのことでもない。面白いのは、この作家が描く近未来の生活や習慣の方かもしれない。サプリメントで必要な栄養素を補う食事法とか、エリート層がオーガニック食材にこだわるところとか、欧米人富裕層の社会習慣や流行を敏感に感じ取っていた森瑤子は、ちゃんと予見している。

一番興味深かったのは、主人公たちが、「オンデイ」と「オフデイ」を使い分け、2つ以上の仕事に従事していることだ。例えば、主人公の男性は、富裕者向けの投資アドバイザーと作曲家、という全然畑の違う2種類の仕事をこなしている。日銭を稼ぐのは投資アドバイザーの仕事の方だが、自分自身の才能と熱意を注いでいるのは作曲家の仕事の方だ。こういう、雇用先とか専門とかに縛られない、本業と副業という概念に囚われない働き方をイメージしたのはさすがだなあ、と思う。もちろん、まだまだこういうのが浸透するのに時間がかかるけれど、ある種の富裕層やエリートが、こういう働き方や生活スタイルに移行していく可能性は高い。

文学的価値が高い作品とは決して言えないが、バブル末期の日本人作家がイメージした近未来ってこんなものかあ、などと思いながら読むのはなかなか楽しい。SFの方はさておき、くだんの島に別荘を購入した森瑤子の、愛情溢れる与論島の自然の描写は美しいし、伝説をミックスしたラブファンタジー仕立てなのも、思いっきり現実離れしていて面白い。夏休みにリゾートに、ごろりと寝そべって読むには良い小説かもしれない。

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