書評・小説 『ホテル・ストーリー』 森 瑤子


森瑤子の世界のホテルを題材にした短編集である。各編のタイトルは、ペニンシュラ・ホンコン、ホテルオリエンタル(バンコク)、地中海クラブ・ティーニュ(スイス)、サヴォイ・ホテル(ロンドン)、ラッフルズ・ホテル(シンガポール)、ホテル・ニューグラント(横浜)、上海飯店、東京ステーションホテル、マンション・ダ・モール(パリ)、マーガレット・リバー・モーテル(パース)。

ラスト2篇の架空のヴィラ&モーテル以外は、誰もが名前を耳にしたことのある高級ホテルである。今でこそ、これらのホテルは庶民でも少し頑張れば1泊したりアフタヌーンティーしたりできるようになってさほど珍しくもなくなっているけれど、80年代当時の日本では、まだまだ選ばれし者しか利用できない、作家の想像力をかき立てられる特別な場所だったのだろう。これらのホテルを舞台に、森瑤子らしいスノビッシュで軽妙で少しシニカルな恋愛物語が繰り広げられる。ストーリー自体は、友人相手の不倫とか浮気とか、あとはジゴロ的な若い男に溺れる話とか、「またか」という展開のものが多いのだが(笑)、それでも私はこの短編集が好きで、何度か読んでいる。なんと言っても、気軽に世界中のホテルの旅行気分が味わえるのがいい。

あとがきで《旅の楽しみのひとつに、どんなホテルに泊るのか、とわくわくする楽しみがある》と語っている作者と同じく、私もホテルという場所が大好きである。たとえ泊まらなくても、色んな人が行き交い、ちょっとスノッブな気分が味わえ、旅情やドラマの余韻みたいなものが漂っているあの雰囲気。ロビーに佇んでみたり、ランチやお茶をしたりするだけでも楽しいし、やっぱり実際に泊まってそれぞれのホテルのサービスを味わうのは、たまらなく面白い。この小説の中で実際泊まったことがあるのは、バンコクのオリエンタルホテルと横浜のニューグラント、あとは香港のペニンシュラでお茶したくらいだが、高級ホテルのサービスはホテルによって「そこに力を入れてるのね」とか「なるほど、そうくるか」みたいなオリジナリティが楽しめるし、一方で、コストとパフォーマンスがしっかり比例しているところがあって、資本主義の精神を表彰しているとでも言おうか、ビジネス的な観点から分析しても中々面白いのである。箱や外観がいくら立派でも、きめ細かいサービスが行き届くかどうか、というのは別問題で、朝食やらクラブラウンジやらバチェラーやコンセルジュサービスやら、客室数が少なくても、人手をふんだんに使ったホテルなりの趣向を凝らしたサービスを比較するのも好きだ。

「阪神スノビズム文学散歩」の記事で、神戸を中心としたホテル文化と文学の繋がりに触れたが、独特の雰囲気あるホテルと文学は相性が良い。この『ホテル・ストーリー』に登場するホテルも、すぐに思い出せる作品がいくつか出てくる。シンガポールのラッフルズ・ホテルは、まんまタイトルにした村上龍のバブリー小説『ラッフルズ・ホテル』があるし、オリエンタル・ホテルは、バンコクを舞台にした宮本輝の恋愛小説『愉楽の園』で、まだ「特別の場所」だった選ばれしホテルの頃の面影を偲ぶことができる。このブログでも引用した、スティーブ・ブラッドショー『カフェの文化史』の冒頭部分では、欧米最初の高級ホテル、サヴォイ・ホテルが象徴的な場所の例として挙げられている。

ホテル好きを自認しているだけあって、森瑤子の小説では、ホテルが粋な使われ方をしているものが多い。『風物語』で、六本木に住む主人公がヒルトンホテルの李白(リッポー)バーや欅レストランをさりげなく利用する都会的なオシャレさも良いし、『ジゴロ』で、日光湖畔の洋館風のプライベート感溢れるホテルで愛の逃避行をするのも素敵だ。

いつか、ホテルと文学の関係についてとか、こんな実在のホテルを舞台にしたショート・ストーリーとか、自分で書いてみたいよなあ、なんて妄想を膨らませながら、コロナウイルスのせいで、すっかり「ステイホーム」している私である。

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