書評・ 小説 『ジゴロ』 森瑤子


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1983年初版、森瑤子初期の長編である。30代半ばを迎えた美貌の女優水城レダ。富裕で優しいパトロンの堤がいて、役者仲間との後腐れのない肉体関係で気を紛らわせたり、女優としての仕事も脂ののっている何不自由ない生活の中、突然眼の前に現れた27歳の美少年シモンに夢中になってしまいう。でも、彼の職業はジゴロ、彼の心を手に入れることは叶わず、恋愛のシーソーゲームが展開していく。

ま、ストーリーはこんな感じだが、はっきり言って掘り下げるほどのものでもない(笑)そもそも、主人公の女性が、このジゴロに夢中になってしまう心理状態がうまく書けていないと思う。「とにかく美少年である」ということ以外に、シモンの魅力が殆ど伝わってこないし、こういうのは相手の問題というよりは、依存してしまう本人の心理問題が大きいと思うのだが、もう若くないことへの焦燥感とか仕事や人生についての不安とか、そのあたりはごくさらりとしか触れられていない。「年下のジゴロ」と名付けるには、年齢差も7、8歳と中途半端で、擬似親子的な愛情関係を連想させるほどのものでもない。『ジゴロ』と銘打つなら、コレットの『シェリ』くらい大胆な年の差じゃないとインパクト無いよなあ。

で、とりあえず、ここでは、『秋の日の ヴィオロンの ため息の』の記事でも書いた、「森瑤子三種の神器」だけ記録しておきたいと思う。

まず「文化」面では、主人公が女優ということもあり、戯曲、演劇面からのノミネートが多い。物語が、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』のシーンから始まるように、この作品は本作の中で重要な役割を果たしている。テネシー・ウィリアムズは同性愛者としてよく知られているが、作品中でこの舞台を演出している黒田も同性愛者であり、そのあたりも擬えているのだろう。テネシー・ウィリアムズの作品は、戯曲作品をそれほど読まない私でも一通り読んでいるほど、完成した文学作品として面白いので、読んだことのない方はぜひ一度お試しください。

主人公は『欲望という名の電車』のヒロイン、ブランチ・デュボアを演じるのだが、これは映画女優ヴィヴィアン・リーの当たり役でもある。森瑤子は『美女たちの神話』のトップバッターをヴィヴィアン・リーにするほど彼女がお気に入りで、「自分の小説の女主人公達もかの女を真似てすぐに片方の眉をキリキリ上げる」と書いていたくらいなので、主人公レダのヴィジュアル・イメージはヴィヴィアン・リーであろう。もちろん、彼女も怒って《右の眉をきりきりとつりあげ》るシーンがある。

『欲望という名の電車』のほかには、ジャン・コクトーの『声』、チェーホフの『かもめ』、シェイクスピアの『マクベス』や『オセロー』のセリフも登場するし、ちょっと時代を感じるのはギュンターグラスの『ブリキの太鼓』なども出てくる。カンヌ・パルムドールを受賞したこの作品が日本で公開されたのは1981年のことだから、「知ってる人は知ってる」感じがイケていたのかもしれない。

2つめの神器「食&酒」では、これもお馴染み、予約なしでもいつでも洒落た主人公達を招き入れてくれる田舎風フレンチのレストランに加え、彼女の好きなアジア料理も出てくる、ベトナム料理では蛙を食したり、本格中華でよっぱらいエビを食したり。高価なスコッチはいつも主人公の自室にあるが、「あえてベトナム料理に辛口の日本酒を合わせる」くらい食通な大人達は、やはり「あえて低級な」スペインワインの「シグロ」をめぐって微妙な駆け引きをしたりする。当時、フランスやイタリアではなくてあえてスペイン、というのが珍しかったのだろう。

最後の神器「高級品」では、まず、物語のキーともなる2つの車、黒のポルシェと黒のメルセデス・ベンツ380SLC。物に執着しない女優が身にまとう高級品は銀狐のストールライターくらいだが、彼女の自宅にはイサム・ノグチの提灯が飾られ、備前焼のミルク壺に鮮やかな黄水仙が活けられ、マレンコの革椅子が置かれている。イサム・ノグチの電灯は、今では楽天やアマゾンでも買えるくらい普及品になってしまったが、高松市にイサム・ノグチ庭園美術館がオープンしたのが1999年のことだから、1983年当時は彼の名前すら一部の芸術愛好家しか知らなかったのかもしれない。画廊を経営しているパトロンの堤が愛用している葉巻はイングリッシュ・オーヴァルズ、演出家の黒田がポルシェのサングラスをかけているのはクライマックスの伏線である。

とまあ、いつもながらこんな感じなのであるが、ま、この「三種の神器」を探りながらディティールを楽しむのが、私の(完全に個人的な)趣味となっています(笑)

余談だが、この作品には「阿里子」という名前の若い女性が登場しているが、この名前は先日読んだ『秋の日の ヴィオロンの ため息の』の女性主人公の名前と同じであった。二人の女性のタイプは全く違う風に描かれているので、特定のイメージを喚起させる名前ではないようだが、私の好きな『ホテル・ストーリー』の中の短編にも同じ名前の女性が出てくるので、作者お気に入りの名前だったのだろう。

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