書評・小説 『白の闇』 ジョゼ・サラマーゴ


ポルトガル人のノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの代表作。数年前に、雑誌の特集記事で翻訳家の鴻巣友季子さんが紹介されていて購入したものの、積読になっていた。今年は、コロナの流行をきっかけに、「パンデミック」を扱った文学作品が脚光を浴びている。カミュの『ペスト』が売り上げを伸ばしたのはよく知られているが、ボッカチオの『デカメロン』に、ガルシア=マルケスの『コレラ時代の愛』、マンゾーニの『いいなづけ』、トーマス・マンの『ヴェニスに死す』、ル・クレジオの『隔離の島』など、昔から伝染病によるパンデミックや隔離や差別の悲惨さなどを主題とした文学作品は多い。ある日、突然、「白い闇」に覆われて失明するという謎の伝染病が一国を席巻するというストーリーのこの小説も、一種の「パンデミック文学」として改めて話題になっていたので、手に取ってみた次第。

もうとにかくやたらと気が重くなる小説である。こんなに途中で読むのが嫌になる小説も中々無い、と言えるくらい、とにかく暗い。暗いのは、私たちが白の闇を体感するからではない。「白の病」に襲われた人々の様子は、たった一人、なぜか「白の病」に感染しない主人公の女性が目撃する通り、克明に描かれる。その具体的なシーンがとにかく陰惨極まりない。隔離された施設では、誰もが汚物を垂れ流し、食糧は限られた分量しか運ばれて来られず、見張りの軍人に交渉しようとしただけで射殺される。偶然銃を手にした者が食糧を独占し、僅かな食糧と引き換えに、他のグループの女性全員を順番に犯していく。一種の戦争状態となり、火災で建物が焼け落ち、施設から逃れられても、既に街も完全に白の病に侵され、荒廃しきっている。とにかく救いがない。特に排泄や飢餓状態についての描写は具体的で執拗だ。

ジョゼ・サラマーゴがポルトガル語世界初のノーベル文学賞を受賞した際の理由は、「想像、哀れみ、アイロニーを織り込んだ寓話によって我々がとらえにくい現実を描いた」だったという。私はサラマーゴの他の作品は未読だが、この『白の闇』を読むと、この受賞理由になるほど、と思う。この『白の闇』は、まさに寓話というのが相応しい。陰惨なシーンの具体的で詳細な記述に関わらず、この小説ではリアリティは追求されていない。名前をもたない人々、「」のつかない誰に属するか不明瞭な台詞の数々、物語全体が長い長い夢のようだ。コロナをきっかけとして、パンデミックを扱った文学作品の一つとして注目を浴びているものの、この小説からパンデミックの現実的な教訓を引き出すのは難しいいだろう。むしろ、この小説は「パンデミック小説」ではなくて究極的な「ディストピア小説」として位置づけられるべきだろう。

私達にこれだけ悲惨な寓話が必要なのか、というくらい、生理的忌避感が募る物語の果てに待っているもの。主人公が辿り着いた教会の中で、全ての絵画、彫像の人物の目が白い布によって覆われているのを発見するシーンはとりわけ印象的だ。ここには、キリスト教的終末感が漂いながら、そこに宗教的救いはない、なのに一種のカタルシスがある、という、不思議に錯綜した読書体験が味わえる。どこまで行っても陰惨で終わりのない「ブラインドネス」の悪夢の果てに、突然視界が開けるような。そして、主人公の女性が呟く言葉が胸に迫ってくる。

どうしてわたしたちは目が見えなくなったのかしら。わからない。いつかわかる時が来ると思うが。わたしの考えを言ってほしい?言ってくれ。わたしたちは目が見えなくなったんじゃない。わたしたちは目が見えないのよ。目が見えないのに、見ていると?目が見える、目の見えない人びと。でも、見ていない。

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