ホテル好きの私、同著者の『ホテル博物誌』があまりに面白かったので、こちらの方も購入してしまった。『ホテル博物誌』は、文学や美術との関連というテーマごとにエピソードを並べていたが、こちらの方は、さらにテーマを浅く広くというか、ホテルに因んだ雑多なエピソードが並べられている。私は『ホテル博物誌』の方が好みだが、純粋なホテル好きにはこちらの方が面白いかも知れない。
興味を惹かれたエピソードをいくつか。有名な帝国ホテルのライト館、実は建築家フランク・ロイド・ライトにはホテル設計の経験はなく、盗作の疑いがあると言う。帝国ホテルの支配人は、日本人で初めてアメリカ建築家協会の免許を取得していた下田菊太郎に当初設計を依頼しており、下田は自分が提出した図面を元にライト館が設計された、と主張しているとか。先日も、テレビでライトの設計を取り上げた特集を見かけたが、これが事実なら中々エライことである。
その他に、例えば人気バンドサザンオールスターズの曲『HOTEL PACIFIC』は、湘南に実在した「ホテルパシフィック茅ヶ崎」をモデルにしており、バンドリーダーの桑田佳祐は、このリゾートホテルに併設されたボウリング場でアルバイトをしたことがあったとか(私はサザンのファンである)。
神戸オリエンタルホテルは、「阪神スノビズム文学散歩」や『ホテル博物誌』の記事でも触れてきたが、このホテルの屋上には海上保安庁の認可を受けた灯台、《世界でただ一つ/建物の上にある公式の灯台》が設置されており、それは今でも神戸メリケンパークオリエンタルホテルに引き継がれている。
多種多様なエピソードが散りばめられているが、本書の2大テーマは「ホテルビジネスとチェーン」「戦争とホテル」である。こちらも、ホテル好き、歴史好きの私にはとても面白かったので、印象的なところを記録しておく。
ホテルビジネスには莫大なコストがかかるので、歴史的に大手資本と結びつきやすい。国際化が進む現代では、ヒルトンやマリオットなど、世界的なホテルチェーンが買収と開発を進めて世界中を跋扈している。本書でも、アーサー・ヘイリーの『ホテル』やジェフリー・アーチャーの小説『ケインとアベル』などが紹介されているが、買収また買収によってくり広げられるホテル・チェーンの拡大競争は、アメリカ的資本主義やアメリカン・ドリームの象徴でもある。一方で、専門的なノウハウ、サービス、人的資産、ブランドなど、「金の力」だけでは解決できない部分を孕んでいるのが、ホテルビジネスの面白さでもある。森瑤子『ホテル・ストーリー』の記事でも書いたが、色んなホテルに泊まってみると、コストとパフォーマンスがしっかり比例しているところと、ホテルなりのオリジナリティが感じられるところが入り混じっていて興味深いのだ。
本書を読んでいると、国際的ホテル・チェーンのそれぞれの特色が伝わってくる。個人的な感想も交えながら挙げて見ると、シェラトンやヒルトンは今はかなり大衆化されている。かなり大味なシェラトンに比べて、ヒルトンは都会的な洗練度とシステマティックなサービスに磨きをかけて、コストを抑えながらも、一定レベルのレストランや宴会場など従来からある施設やサービスのクオリティを維持しようとしているようだ。
ハイアットホテルは、都市型高級ホテルとして《都市のリゾート、都会のオアシス》としての空間を目指した。私は、ハイアットは新宿とバンコクしか泊まったことがないのだが、なるほど、どちらも決して広くはない限られた空間の中で、モダンながらも寛げる落ち着いた建築様式だったのが、とても印象に残っている。
都市型高級ホテルの路線ではなく、郊外のモーテルを高級化し、カジュアルなホテル・チェーンとして台頭したのがホリデイ・インだ。アメリカの建築家ケモンズ・ウィルソンによって、1952年にメンフィスで第一号が開業された。ウィルソンはいち早くフランチャイズ形式を取り入れ、急速にホテル網を拡大した。
フランチャイズ形式で事業を拡大したホテル・チェーンと言えば、もう一つ忘れてならないのがマリオットである。
1927年5月20日、J・ウィラード・マリオットはワシントンにわずか9席のルートビア・スタンドを開店した。(略)
そのマリオットが始めた事業は、撒いた種は小さかったが、やがて大きな実をみのらせることになる。ホテル事業に限っていえば、1957年、バージニア州にツイン・ブリッジ・モーターホテルを開業して以来、38年間で、前述のように千軒のホテルを傘下に収めるに至ったのである(なお、2010年末には、その数が三千五百軒を超えている)。
その成長の秘密は何だったのか。その一つはフランチャイズ形式にある。1959年以降、ホテル部門の経営を任された息子のJ・W・マリオット・ジュニアが「宿泊システム部門で一番多いのは、マリオットのブランドネームのついた加盟店である」と記している。前出のホリディ・インが採用した方式である。
確かに、マリオットホテルはホテルチェーンの中でも、多彩なタイプのホテルが楽しめる。都市型の高級ホテルもあれば、リゾート型もあり、ホテルっぽくないサービスアパートメントやコンドミニアムタイプもある。先月、ちょうど国内のマリオットホテルの一つに泊まったが、地方の古いリゾートホテルを買い取ったタイプで、マリオットブランドにしては随分カジュアルだったが、その分、コストを抑え、都市型の高級ホテルタイプとはまた違った楽しみが味わえた。今では、ヒルトンやインターコンチなどもブランドを変えたりして色んなタイプのホテルを経営しているが、元々フランチャイズ形式で拡大したマリオットは特にその手の多角経営が得意だったのだろう。マリオットは、今では前出のシェラトンや、かの有名なリッツ・カールトンも傘下に収め、世界最大のホテルチェーンに成長している。
本書の後半では、戦争とホテルの関わりが記されている。特に、太平洋戦争におけるホテルエピソードが興味深い。日本が満州の拠点とした大連では、大連ヤマトホテルが旗艦ホテルとなった。ヤマトホテルは、船戸与一の傑作『満洲国演義』でも何度も登場する。川端康成も訪れたハルビンのニューハルビンホテルには、今でもその詳細が明らかになっていない特殊部隊「七三一部隊」(ハルビン郊外で細菌戦研究をしていたとされる)の軍人も滞在していた。このブログで紹介した『幻花』は、この七三一部隊の秘密が一つのテーマになっている。同じハルビンのロシア人街キタイスカヤのモデルン・ホテルは、ユダヤ人のヨゼフ・カスペが経営しており、当時のハルビンで「河豚計画」(日本軍が、経済力のあるユダヤ人の満洲国定住を積極的に図って、満洲国の発展を促進させようとした計画)が進行していたことが触れられている。朝鮮との国境に近い新興都市・通化では、日本人により竜泉ホテルが開業されたが、ここは終戦直後、旧日本軍の残兵と多くの日本人市民が武装蜂起し二千人の犠牲者を出した悲劇、いわゆる「通化事件」の舞台にもなった。七三一特殊部隊、河豚計画、通化事件など、学校の歴史では全く教わらないので、私は『満洲国演義』シリーズを読んで初めて知ったのだが、ホテル関連だけではない著者の博識ぶりに驚かされた。
ホテルは箱としての重要性もあるが、衣食住のサービスを提供できるので、戦争においては重要な拠点となる。太平洋戦争の最中は、タイのオリエンタル、香港のペニンシュラからシンガポールのラッフルズホテルまで、一時的にせよ日本の経営に切り替わっていた、というのも初めて知ったことだ。逆に、敗戦後の日本では、帝国ホテルや横浜ニューグランドを初め、主要なホテルは軒並み占領軍に接収された。マッカーサー元帥が戦前戦後に二度も宿泊した横浜ニューグランドに至っては、米軍が戦後に使うために空襲の標的からわざわざ外されていたらしい。戦争におけるホテルの重要度が伺えるエピソードと言えるだろう。
ホテルという切り口で、文学や美術といった文化的側面だけでなく、経済や政治などの分野でも興味深いエピソードが取り上げられている。ホテルの奥深さが体感できる、やっぱりホテル好きにはたまらない一冊である。早くコロナが終息して、心置きなく色んなホテルに宿泊できる日が来るのを願うばかりである。
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