書評 『スペイン レコンキスタ時代の王たち 中世800年の国盗り物語』 西川 和子


またまたマニアックな本をセレクトしてしまいました。『聖なる王権ブルボン家』でフランス史、『ウルフ・ホール』でイギリス史、『神の代理人』でイタリア史、とヨーロッパ各国史に触れていく中で、ルネサンス以降、スペインの存在の大きさをひしひしと感じる。でも、スペインって、レコンキスタを完了したイザベルとフェルディナンド以降の話はよく聞くんだけど、よく考えたら、その前の歴史については殆ど知らないよなあ、と思い、この本を手に取ってみた次第。

と言っても、ちゃんと一次史料にあたって書かれた難しい専門書ではない。著者が冒頭で「深く煎ったコーヒーなどを楽しみながらお読みいただければ、幸いです」と述べているように、出来事やエピソードなどを簡単にまとめたごくソフトな本である。著者の西川和子さんは、この他にも『フェリペ2世の生涯』や『狂女王フアナ』などを著し、「スペイン史著述家」と紹介されているが、元は早稲田大学理工学部を卒業、特許庁に勤めていたという経歴の持ち主。スペインに住んでいるわけでもなく、神奈川県在住とあり、それ以外のことはググってもよく分からない。うーん、謎。なんか、こっちの方が気になってしまった。

で、スペインのレコンキスタ前の歴史についてだが、まあ、他のヨーロッパ諸国と同じように、元々は小領主国が乱立していて、くっついたり離れたりを繰り返している。始まりは、8世紀、イベリア半島にあった西ゴート王国が内紛を機にイスラム勢力に攻め入られ滅亡するところからだ。その後、北に逃げたキリスト勢力がアストゥリアス王国を建て、やがて、ナバラ王国、カスティーリャ・レオン、アラゴンにバルセロナ、と、中心を移動しながら勢力を拡大していく。

8世紀末には、フランク王国のカール大帝がピレネー山脈を超えて遠征してきたことを受け、それに対抗する勢力としてナバラ王国が誕生。そう言えば、『聖なる王権ブルボン家』で初代を飾るアンリ4世は、元々ナバラ公だった。王国の始まりから、フランク王国派の部族も政権に参加していたと言うから、やはりピレネー山脈だけを砦に国境を接しているフランスとの関係は非常に古いのである。

また、塩野七生さんの本などでルネサンス以降のイタリア史を読むと、ナポリなどイタリアの南部を、スペインのアラゴン家が統治していたのが気になっていた。これは、13世紀ごろから、兄弟間の争いに乗じて、アラゴン王家がシチリアやマジョルカなどに勢力を拡大していったことによるものだろう。

フランスやイタリアといった周辺国と、助け合ったり、圧力を掛け合ったりしながら、イベリア半島のキリスト教領主国が次第に勢力を拡大していく。決して、スペインという一つの歴然とした国家が決然としてイスラム勢力に対抗して国土を回復した、というストーリーではない。時には内部の争いのためにイスラム勢力とも結託するという、かなり渾然とした歴史である。それでも、元々バラバラで自分たちの利権最優先で行動してきた領主国たちを、最後に一つにまとめるのは、キリスト教、という信仰というのか、建前というのか、、、そこはよく考えるととても不思議な気がする。

スペインの特色、というと、どうしても激しく暗い宗教的情熱と隠れた残虐性、みたいなものをイメージしてしまうのだが、レコンキスタ前の歴史でも、象徴的なエピソードがある。12世紀、混乱の中、修道士となっていた先王の弟ラミロを引っ張り出し、お飾りの王として据えたアラゴン国。即位したラミロ2世は、馬にも上手に乗れない、武術も不得手、ということで、国内の貴族勢力は彼を馬鹿にし、反乱が相次ぐ。それに業を煮やしたラミロ2世は、突然、反乱を起こした貴族たちにウエスカの宮殿に集まるように命じ、油断して集まった貴族一人一人を私室に呼び入れ、刑罰を高々と読み上げ斬首していった。斬られた貴族たちの首が山積みになり「鐘」のような形になったため、「ウエスカの鐘」と呼ばれているこの事件は、後に、ホセ・カセド・デル・アリサルという画家によって絵画に描かれることになる。何もできないと見せかけて突如キレる修道士出身の王、というのがいかにもスペインぽくて怖い。ちなみに、このラミロ2世は、そこから権力に目覚めた、、、というわけでもなく、さっさと結婚して後継者を生ませ、自身は早々に修道院に帰ってしまったようだ。きっと信仰熱心だったのだろう。だからこそ余計に怖い。

他にも、スペイン絡みで名前はよく聞くが、そもそもの言われを知らなかったな、というようなエピソードが散見されて面白かった。例えば、有名なサンティアゴは、「聖ヤコブ」という意味だが、9世紀初めに半島北西部のガリシア地方に「聖ヤコブの墓」が見つかった、というのがその始まりだという。当時のアストゥリアス王アルフォンソ2世は、バイオという名前の隠者が輝く星に案内されて世ヤコブの墓を発見下、という報告に感動し、その場所にサンティアゴ教会を建て、街を「サンティアゴ・デ・コンポステラ(星の野の聖ヤコブ)と名付けた。以後、サンティアゴはレコンキスタの象徴となり、12世紀にもなると「サンティアゴ・デ・コンポステラ」は、その地への巡礼が完全なる贖宥を意味する特別な聖地としてヨーロッパに広く認められるようになるのである。

また、チャールトン・ヘストンとソフィア・ローレンが出演したイタリアとアメリカの合作映画『エル・シド』の主人公「エル・シッド」も出てくる。カスティーリャ王国のサンチョ2世に仕えたエル・シッドは,彼の勢力拡大を恐れた次王アルフォンソ6世によって国を追われ、実際にはキリスト教国側になったり、イスラム側になったりしたのだが、バレンシア国を征服して統治した、という偉業から、後にはレコンキスタの英雄として多くのロマンセに歌われるようになった。

他にも、「エンリケ」という、後のスペインーポルトガル王家ではお馴染みになる名前は、カスティーリャ王アルフォンソ8世とイングランド王女の一人息子エンリケ1世が初めで、おそらくイングランド系の名前だったのだろう、とか、「へえへえへえ」というようなエピソードがいくつかある。日本ではあまり馴染みのないスペイン史の導入として、とっかかりやすい本である。

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