書評・小説 『熱い絹』 松本清張


推理小説というものを読まないのである。食わず嫌いは良くないので、コナン・ドイルにアガサ・クリスティー、パトリシア・ハイスミスなどの代表作は一応読んでみた。だけど、全然興味が沸かない、、、なぜなのかは分からないが、多分、最終的に感情型の私は、論理的思考ゲームに純粋な楽しさを感じられないのだと思う。

なので、松本清張先生もだいぶ前に『黒革の手帖』と『点と線』かなんかを読んだ後は、長らく忘れていたのだが、今回これを読んでみようと思ったのは、なんと言ってもジム・トンプソンの失踪事件をモデルにした小説だ、というのを知って興味が湧いたからだ。

ジム・トンプソンと言えば、有名な実在のタイ・シルク王である。この作品は当初1972年から74年に連載されていたものでかなり古い作品なのだが、それでも、ジム・トンプソンの失踪を題材にした小説が人気作家によって書かれた、というくらい、日本での知名度も高かったのが窺える。昭和の時代、タイ土産と言えば、ジム・トンプソンのシルク製品が定番だった。私は数年前に連れ合いの仕事の関係で、子連れでタイのバンコク駐在、いわゆる駐妻をしていたことがある。当時は、もうジム・トンプソンは余りにベタ過ぎて、わざわざ正規店で買うのはだめ、郊外のアウトレット店でお安く購入する、というのがバンコク駐妻の常識だった。日本からの訪問客が来る度に、わざわざ車を郊外に走らせてジム・トンプソンのアウトレットに案内していたのを思い出す。

ただのタイのシルク製品を広めたアメリカの実業家、というだけならそんなに興味も惹かれないのだが、このジム・トンプソン氏が元々アメリカの諜報員で、実業家として大成功を収めた後、1967年にマレーシアの高級別荘地で謎の失踪を遂げているのである。マレーシア軍を動員した大規模な捜査にも関わらず、今日まで遺体でも発見されていない。まさに「事実は小説より奇なり」を地で行く展開に、松本清張先生も触発された、というわけである。

作品の内容の方だが、ジム・トンプソンをモデルにしたジェームス・ウィルバーの経歴が経歴なだけに、話のスケールがかなり大きくなる。ウィルバーの失踪自体は、CIA絡みからベトナム戦争、タイの権力者との繋がり、マレーシアの共産ゲリラなどの関連との疑惑が指摘される。そこに、ウィルバーの妹が日本の軽井沢の別荘で密室状態で殺されるという事件が重なり、ウィルバー氏が趣味としていた東南アジアの骨董、その骨董を扱う軽井沢の骨董屋、日本から東南アジアを営業して回る川口舞踊団、その興行元締めをしているシンガポールの華僑、はたまたウィルバーが失踪したマレーシアのカメロン・ハイランドに伝わる茶製法、原住民のサカイ族との軋轢、太平洋戦争時代の日本軍のマレー攻略の歴史、、、など、いくら松本清張先生といえども、これだけ広げた大風呂敷を一体どうやって回収するのか?と読みながら少々心配になるくらいだ。

もちろん、最後には一見何の繋がりもないこれらの要素を、見事にきちんと回収するのだが、、、でもまあ、正直、今読むとちょっと無理やり感がないか?と感じなくもない(笑)特に、これは推理小説を読むときによく感じることなのだが、ストーリーやトリックを優先する余りに、登場人物の性格とか心理描写とかに、いまいちリアリティというか納得感が感じられない。この作品で言えば、キーとなるウィルバー商会のパーカー支配人や興行師の小川華洋で、「こういうタイプの人間がそんな行動とるかな?」となんとなく釈然としない感じが残った。

それから、この作品ではジェームス・ウィルバーが失踪したマレーシアの高原地帯カメロン・ハイランドが有名な紅茶の原産地であることと、日本の茶どころ静岡との関係というのが、一つの意外な「仕掛け」となっている。これは、執筆当初の1970から80年代の日本では、かなり奇抜というか意表をつく「仕掛け」だったと思うのだが、私は偶然、この伏線についてはかなり早くから察知できてしまった。と言うのも、数年前にマレーシアではないが、スリランカを旅行した時に、現地の紅茶工場を見学したら、なんと「静岡製」の古い機械を発見したのである。紅茶と緑茶は最終的な形態や味はかなり違うけれど、原料も途中までの製法も実はかなり共通しているのだ。スリランカ高地の紅茶工場での発見がとても印象的だったので、この作品で早くから「静岡」の伏線がちらついているのが分かってしまい、最後のあっと驚く「仕掛け」の新鮮味が薄れてしまった。と言っても、ただの偶然のカンである。こうやって、段階を踏んで理論的思考ゲームを楽しむのではなく、偶然の「カン」の方を強く働かせて満足してしまうタイプなのが、推理小説を楽しめない大きな原因だろう。。。

実際のジム・トンプソンの失踪についてだが、2017年に、マレーシア共産党の元幹部が彼に接触した、という新たな証言が発覚、マレーシア共産党がスパイ容疑で拘束、殺害した可能性が高い、と話題になった(ソースはこちら)。50年に渡る失踪事件の謎に終止符か、と言われているが、、、私としては、なんとなくこれでも釈然としない。実は、松本清張のこの作品でも取り上げているように、ジム・トンプソンだけでなく、彼の失踪から5ヶ月後に、彼の姉がペンシルバニアの自宅で他殺体として発見されているのである(この作品では、軽井沢で妹が殺害され、香港にいるもう一人の妹も強盗に遭う、という設定になっている)。偶然にしては出来過ぎだし、マレーシア共産党がアメリカのペンシルバニアにいる妹にまで手を出すとは考えにくい。やっぱり、本当はCIA絡みが怪しいんでないの、だって、なんてたってCIAだもん、、、と、CIAに不信感の強い私は密かに疑っている(実際には、ジム・トンプソンはCIAではなく、その前身のOSSに所属していた)

この作品自体は、タイではなく、失踪したマレーシアのキャメロン・ハイランドが舞台なので、期待していたようにタイムードに浸りながら読む楽しみは味わえなかったのだが、まあ、それはそれ。駐在中に、アウトレット店で安物買いしたジム・トンプソン製のクッションに保たれて、「やっぱりCIAか、、、」なんて妄想を膨らませているのも楽しいひとときなのであった。

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