書評・小説 『BUTTER』 柚木 麻子


『BUTTER』をお得に読む

インスタでも投稿が多かった話題の作品。柚木麻子さんの作品は初めて読んだが、1981年生まれということで、山内マリコさんや三浦しをんさんと同じく、自分と同世代の作家さんだ。

実際にあった「平成の毒婦」と呼ばれた木嶋佳苗被告による連続結婚詐欺&殺人事件がモデルにしている。この事件、私はあまり印象に残っていないのだが、巻末の参考文献にはジャーナリストの北原みのりさんによる『毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記』や上野千鶴子さんらによる『毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ』といった書籍が挙げられていて、当時一大事件として騒がれていたことが分かる。

週刊誌女性記者の主人公が、木嶋佳苗モデルの女性梶井真奈子を追っていくうちに、親友の友達もろとも彼女の言動に引き込まれ、少しずつ歯車を狂わされていく。サスペンス仕立てのストーリーも面白いし、随所に印象的な文章が効果的に嵌め込まれていて、惹き込まれる。何より、題名の「BUTTER」が示す通り、容疑者の梶井真奈子と主人公の親友怜子の食通ぶりから引き出されるグルメな描写とエピソードが、食いしん坊にはたまらない魅力だ。

ただグルメな小説というのではなく、「食べること」を人間の根源的な欲望の象徴として捉えて、欲望の抑圧や他者への同調圧力など、今の日本の社会にある「息苦しさ」を描いている。特に、そういう漠然とした「息苦しさ」を抉り出すような描写を効かせるのが上手い。

「別にどれか一つで満腹にならなくてもいいし、なにもかも人並みのレベルを目指さなくてもいいのにね。自分にとっての適量をそれぞれ楽しんで、人生トータルで満足できたら、それで十分なのにね。煙草だって食後に一本ぐらい楽しんでもいいし、ちょっと太っちゃっても周囲が騒ぐほどのことじゃないよ。私の言っていることって、怠け者って怒られちゃうのかな。」

鼻の奥がきゅっと痛くなるような、冷たい川風が、もっと努力しろ、でも絶対に世界を凌駕はしない形で、と命令しながら、頬をぴしゃぴしゃ張っていく。

「どれだけ他人が気になるのよ?他人の形がどんなふうか、他人がその欲望を開放しているかいないか。そんなことで不安になったり優越感を持ったりするなんて、異常だわ。他人の形が、自分の内側で起きていることよりも、ずっとずっと気になって仕方がないっておかしいわよ。」

ただ、この作品を読んでいく中で、ストーリーは面白いのに、登場人物に全然感情移入できない、という点がすごく気にかかった。部分的な共感はできるのに、全体として、と言うか、肝心なところで感情移入できない。

サイコパス的な梶井真奈子はもちろんのこと、主人公や主人公の親友玲子についてもそうなのだ。主人公が梶井真奈子と何度か面会した程度で、あんなに心を掻き乱されるのも、最後に梶井真奈子によってあそこまで傷つけられるのも(所詮、大企業社員だから失職するわけでもないし、人生一旦終わったみたいな描き方になっているのも)ピンとこない。親友怜子に至っては、不妊治療が上手くいかない程度の挫折で、梶井真奈子に焚き付けられて、見ず知らずの男性のところに転がり込んだり、それで自分が誘惑できなかったことに勝手にショックを覚えたり、正直「???」という想いしか湧いてこない。

この印象は、人気作家である角田光代さんの作品を読んだ時と全く同じだ。人気作の『八日目の蝉』『紙の月』『森に眠る魚』なんかを読んだ時に同じ感想を抱いた。ストーリーには惹き込まれるし、部分的な感情や行動にはすごく共感できるのに、主人公が犯罪を犯すとか重大な行為のところで「なんでそうなるの?」(BY欽ちゃん、古過ぎ)ってなってしまうのだ。これは読んでいて結構致命的なことでもある。

先の気になるハラハラドキドキする展開、サスペンスがかった演出、そして、効果的(だが極めて散発的)な「共感できる」文章、そういう「面白さ」最優先の」結果の不自然さなのだろうか。それならそれで良いのだけれど、この手の作品が大体において、実際の犯罪事件や犯罪者をモデルにしているのが気にかかる。もしかしたら、私が頑なに「共感できない」と拒否していること自体が「自分はこういう犯罪者とは違う」という、変な選民意識みたいなものの裏返しなんだろうか。世の多数派は、こういう作品で共感できる、と言うか、少なくとも「この犯罪者と自分は紙一重」という著者側のメッセージを素直に受け止めているんだろうか、、、実は、「自分は犯罪者に共感できない」「自分ならこんなことはしない」とか思っている人が一番危険なのかもしれないけど、、、もやもやもや。

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