書評・小説 『きのね』 宮尾 登美子


久しぶりにめくるめく小説の世界にどっぷり浸かりたい!と思って、宮尾登美子さんの中ではなぜか読み残していたこの作品を手にとった。結果は・・・期待通りのどっぷり2日間の宮尾ワールドに浸れて幸せでした()

宮尾登美子さんの長篇小説は殆ど全て読んでいると思うが、この人の「語り手」としての力量は現代作家の中でも随一だと改めて思う。文章が美しいとか味がある、という作家さんは他にもいると思うが、宮尾登美子さんは「語り口」という意味で言えば、例えば源氏物語とか平家物語とか樋口一葉とか、日本の古典芸能とか・・・そういうものの伝統を受け継いだような巧みさと力強さがあると思うのだ。

そんでもって、このきのねは、ストーリーも面白い。何て言っても先代市川団十郎の妻、つまり、何かと話題の現市川海老蔵のおばあちゃまにあたる方をモデルにした物語なのだ。貧しい千葉の塩焚きの娘に生まれ、身よりもないまま歌舞伎俳優のお家の下働き女中として奉公に出た主人公。「おぼっちゃま」のお姿を拝見するだけでも眩しくてまともに見ていられないほどだった下の下の女中だったのだが、神経質で気難しいおぼっちゃまに献身的に仕えに仕え、主がチフスにかかれば命にかかわるほどの大量輸血を自ら買って出て、苦しい戦時中にはお給金も出ないまま主のための食糧探しに奔走し、ついに主人からお手がついた後も、二人の子供まで授かりながらずっと日蔭の身に甘んじた末に、最後の最後で本妻に認められるという・・・まさに耐えがたきを耐え忍んだ忍耐の女の一生。

特に圧巻なのが、主人公がたった一人で長男(現市川団十郎)を産むシーン。誰の助けもないまま陣痛の苦しみに頭を柱にぶつけてのたうちまわり、厠で力んで自らの手で赤子を掴みだして、お産婆さんが駆けつけたその時には、へその緒のついたままの赤子を横に寝かせ、髪を梳いて着物を着て正座していたという・・・宮尾登美子さんは、この小説を書くにあたり(そもそも関係者が多く生存しているので)色々逆風もあった中、「コレ書かなきゃ死ぬ」という思いで挑み、ついに現市川団十郎を取り上げたというお産婆さんを探し当てて、頼みこんでの一度きりの取材に応じてもらった、というから、このシーンの真に迫った迫力はひとしおである。

それにしても、歌舞伎界は古い世界とは言われているものの、たった数十年前でこの階級差や女性蔑視は、イスラムやヒンドゥー社会にもひけをとらない中々のものである。そういう意味では、色々言いたくもなるのだが、何しろ、昭和の女の強さと作者の語りの力量の前に、もう言葉もない私である。

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