書評・小説 『首里の馬』 高山 羽根子


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高山羽根子は、1975年富山県富山市生まれ、多摩美大を卒業後、『うどん、キツネつきの』で、創元SF短編賞を受賞してデビュー、2020年に本作で芥川賞を受賞した。

中々、とっつきにくいというか、捉えどころの難しい小説である。沖縄に住む主人公の女性未名子が、今では誰にも顧みられない郷土資料館に出入りしながら成長し、世にも奇妙なオペレーターの仕事や、台風の時に迷い込んできた幻の宮古馬を飼い慣らしていく、という不思議なお話。私がこの作品に興味を持ったのは、題名の通り、沖縄を舞台とした小説だったからだ。だから何よりもまず、この作品の中での「沖縄」の扱われ方、というのが印象に残った。

沖縄というのは、すごく振れ幅の大きな場所である。それなのに、外の人から描かれる沖縄、というのは、なんだかすごく画一的なところもあったりする。一番分かりやすいのは、特別にスピリチュアルな意味を持つ場所、として描かれる。よしもとばななの『なんくるない』、原田マハの『カフーを待ちわびて』なんかがイメージとしてはぴたりとくる。美しい自然と悲しい(でも遠い)歴史を併せ持つ、神秘的な癒しの場所。本土とは違う風土と歴史を秘めた特別な場所。そういう(外部から見た)独自性がもっと前面に押し出されることも多い。そして、やはり現代の沖縄とは切り離せない太平洋戦争の残酷な歴史。虐げられた人々、というイメージ。

『首里の馬』で描かれる沖縄は、そういう従来の沖縄のイメージを、少しずつ踏襲しながら、少しずつ距離を置いているような、ところがあって新鮮だた。確かに、小説の前半では、沖縄の悲しい歴史に触れられるところがある。でも、著者は、あるいは主人公は、そこに深くは踏み込まない。さりげなく触れて、その場から一旦立ち去ってしまう。

台風でも爆弾でも、めちゃめちゃになってしまった町を元に戻す時、あまりにも様子が変わってしまったその風景を取り戻すには、どんな些細な手がかりでも必要だった。いくら元々の姿を覚えていたとしたって、ひどくめちゃめちゃに壊れてしまった後だとなんらかのヒントがないと戻せない。前々から住んでいた人に訊こうにも、体の中と外を揺さぶり続けられているとき、人は細かいところを覚えていられないことが多かった。記録していた情報も吹き飛ばされてしまうこともあるし、そもそも記録していなこともある。結局はなんとなく以前の、ノスタルジーの補正がかかった記憶を見よう見まねで元の状態に似せながら、文化をあいまいにつぎはぎしている。この島の風景の多くの場所には、そんなところがあると未名子には思えた。

こういう文章には、とてつもない破壊を経験している沖縄、そして、それをそのまま消化せずにとどめている沖縄、そういう歴史の残像みたいなものがそこはかとなく漂っている。そしてその残像は、主人公が歩く今の沖縄、一見何の変哲もない街並みや、忘れ去られた資料館や、謎だらけの彼女のオペレーターの仕事場にも、漂い続ける。それがいい。

この小説では沖縄は特別にスピリチュアルな理想郷として描かれている訳ではない。やたらと美しい自然を誇示する訳でもないし、人々がみな悲劇を経験した者特有の優しさや強さを持ち合わせている訳でもない。未名子がバイト先に向かう街並みは平凡だし、パソコンの修理屋は意地悪だったり、街の人は罪のない郷土資料館をそっとしておいてくれるほど親切でなかったりする。それでもやっぱり、ここは一種特別な場所なんだ、という雰囲気もある。だから、未名子がこの世の果てのような場所にいる人々と交信し合うのも、台風の最中に幻の動物が現れてそれを飼い慣らすのも、ものすごく突拍子もないのに、奇妙なリアリティがある。もし、そんな不思議なことが起こるとしたら、ここ以外にはない、だって、ここは沖縄だから、という奇妙なリアリティ。

沖縄、という場所を通じて、著者がこの小説で書きたかったテーマの一番大きなものは、多分「記憶」ということだ。それは「知識」と繋がっているが、ときにそこまで体系的なものに落とし込めないほどに膨大で、個別性が高いので、その範疇を大きく超えて広がっている。そんな広大な記憶の海を、私たちはどうやって泳いでいけばいいのだろうか。一つにピントを合わせると、たちまち他のものはぼやけ、今まで見えていた世界が大きく歪んで整合性がつかなくなる。つぎはぎだらけで、主観的なノスタルジーのフィルターまでかけられた世界。でも、未名子がそれをつぎはぎだらけのまま、自分なりに保存して、立ち向かおうとする。その姿勢と勇気に、いつの間にか励まされる。混沌として取り留めもない、忘れてはいけないものが確かにあるはずなのに、触れる先から指の間からこぼれ落ちていくこの世界で、それだけが、絶望ではなくてかすかな希望を与えてくれる。

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