沼田まほかるの作品は初めて読んだ。なんでも、湊かなえ、真梨幸子と並び、「イヤミス」=「読んだ後イヤな後味が残るミステリー」の女王として有名なそうな。
ミステリーには余り興味がないし、「イヤミス」にはなおさら興味がないのだが、インスタでも結構読んでいる方が多くて、映画化もされて気になっていた作品だったので読んでみた。(映画観てませんが、ヒロイン役の蒼井優さんご結婚おめでとうございます笑)
ネットでも「共感度0%の最低最悪な男女たち」と評されていて、どんなイヤな感じかと覚悟して読んだのだが、ただイヤなところを延々と描写するのではなくて、筆が滑り過ぎないというか、「あーイヤだな」感が高まってきたところで、さっとかわすような描き方をしているので、なかなか上手いなあ、と思った。
主人公の十和子が過去に別れたまま忘れられずにいる黒崎の外道っぷりは後半で明らかになるのだが、彼女が黒崎の面影を求めて付き合い始める水島、の腐りっぷりは、ストーリーの合間に微妙に見え隠れしながら徐々に姿を現していく。誠意を込めて同じようなものを探してきたという時計が元の時計の1/10くらいの値段の安物だったこと、二人の間の貴重なエピソードとして語られたタクラマカン砂漠の体験が、どっかの旅行ガイドのコラムからの借り物に過ぎないこと、など、なんとも微妙にセコくて、正面切って裏切られるよりも「イヤな」感じを与えるところがニクい。
映画で主人公役を務めた蒼井優さんは、「この女性には全く共感できないけれどどこまでイヤな女を演じられるか挑戦してみたかった」みたいなことを語っていたが、確かに私も全然共感できなかった。ただ、本当にイヤなだけだと読んでいるこっちがゲンナリしてしまうのが、合間合間に「世間の普通に憧れる姿」みたいなものを漂わせて、十和子の哀しさを浮き彫りにしているところが、上手い演出である。
例えば、不倫相手の水島のネクタイを選んでいると、年配の着物姿の奥様が近づいてきて言葉を交わし、「やれやれ全く亭主っていうのはねえ」とお互いに共犯者じみた微笑みを交わすシーン。
或いはこんなシーン。
「一緒になったらすぐに子供つくうろう。いいだろうう、僕たちの子供を産んでくれるだろう?」黒崎と同じことを言う。その言葉を言われたがっていると男に悟らせてしまう何かが、自分の目付きにも身体つきにもきっと露骨に顕れ出てしまっているのだ。
私としては、生理的にイヤな男として描かれている陣治が、一番イヤな男ではないんじゃないかと読んでいる途中で思ったが、最後の最後で彼が見せる行為、「おまえ、俺を産んでくれ」と叫びながら十和子の前で飛び降りるあたりは、「純愛」なんかでは決して無く、エゴイズムの極致とも言える行為で、そこが一番気持ち悪い。
結局、十和子と陣治の孤独は表裏一体で、そこがお互いに離れられない関係なのだという、物語の底辺に流れている哀しさが、ミステリーとしての面白さよりも際立って感じられた。そこが、湊かなえの話題作は半分も読めなかった私が、この作品を読み終えられた理由なのだと思う。
陣治を殺してしまおう。自然に気持ちが固まる。言いようのないほどの哀れみと、殺意とは、その瞬間十和子のなかでは、ひとつのものの裏か表かに過ぎない。
怖い。湿ったゴミの山が怖い。空き缶の開口部から突き出た捻じ曲がった吸い殻の束が怖い。そっとにじり寄ってきて、十和子の内部の空虚とつながろうとする空虚が怖い。あの空虚を呼び寄せてしまうこの空虚が怖い。腕を回して自分で自分を抱く。恐怖はじりじりと焼けつく負の欲望だ。わからなくなる。夕暮れの歩道を不吉な幻のように歩いていた、あれは、陣治なのかそれとも十和子自身なのか!
個人的に、最近のエンターテイメント性重視の小説は、余り好きではない。ストーリーの意外性や高揚感ばかりを優先していて、結局、描き方が一面的になったり、人間像や世界観の一貫性が失われていることが多いからだ。これを一番感じたのは、角田光代の作品である。読者をストーリーに引き込む書き方はとても上手いけれど、登場人物の人間性とか心理とかに本当の意味での統一感や一体性が感じられない。
人間の「イヤなところ」にばかり焦点を絞る描き方もなんていうか幼稚な気がしてしまう。人生の明るいところと暗いところ、人間の美しいところと醜いところ、その高低差や振幅の大きさを描いてこそのフィクションではないか、と思ってしまうのである。こういったこといついては、またいつか別の記事で書いてみたいと思う。
でもまあ、共感はできなくても面白い、という作品も確かにあるのだ。最終的に共感しきれないというのは、結局、フィクションの中に組み込まれる体験をしなかった、ということだから、読んで得るものは少なそうなのだが、ゲームやドラマに熱中した後のような爽快感はある。そこは、作者の「巧さ」が出るところでもある。そういう意味で、沼田まほかるさんは、かなりの「巧さ」を感じさせる作家さんである。
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