『コーヒーハウス』 小林 章夫 ①


ライフワーク的に?興味を持って調べている「編集的文化が発生する場」としてのサロン、クラブ、カフェの文化史。その中でも、イギリスのコーヒーハウスは、17〜18世紀にかけてイギリスで発展し、ヨーロッパのカフェ文化の先駆けになったともいえる。

17世紀後半に、エキゾチックな飲み物コーヒーを提供するコーヒーハウスが、学術都市のオクスフォードやケンブリッジから始まり、やがてロンドンに広がった。そういう意味では、イギリスのコーヒーハウスは、奥深く幅広いヨーロッパのカフェ文化の一部となるものだが、私がこの本を読んでみて、他のヨーロッパカフェと比べて特殊だと思ったところは、「男性限定であること」と「ビジネス色が強いこと」である。

前者は、やはりイギリスに特有の「クラブ」文化と繋がるところがあるし、後者については、やがて世界で最初で最大の保険会社「ロイズ」へと発展したという歴史をもっていて、いずれもイギリス史としても文化史経済史としても興味深い点だと思う。

《クラブというものが、一方ではコーヒーハウスという場を根城にして組織されている人間のグループという面を持っていると同時に、他方では必ずしもコーヒー・ハウスと関わりを持たないクラブというものが古くから存在し、また十八世紀になっても似たような組織が興隆をみていることがあるので、クラブの発生、繁栄の足どり、特質などを整理する必要があるのだ。》

《経済活動と情報、あるいはジャーナリズム、そしてコーヒーハウスの三者を結ぶ役割を果たした店として、どうしても忘れることのできないのは、ロイズ・コーヒー・ハウスである。》

《1696年にロイズは、コーヒー・ハウスに集まる客のために船舶情報を掲載した『ロイズ・ニューズ』という新聞を発行して、客の便宜に供した。これが、ある意味ではロイズの地位を不動のものにする一石だったのである。》

ロイズの例にあるように、また、他のヨーロッパカフェと同じように、イギリスのコーヒーハウスもジャーナリズムの発達と切っても切れない関係にある。コーヒーハウスに情報を求める者が集まり、またそこで生じる情報を編集することでジャーナリズムが発達するという、相乗効果が生まれる。イギリスのコーヒーハウスにおいても、17世紀半ばという早い段階から、コーヒーハウスの情報網と顧客網を利用して広告入りのニューズレターを展開したヘンリー・マディマンや、今でも名門ジャーナリズムを表彰するものとしてその名を残している18世紀の雑誌「スペクテイター」の例など、興味深い。

『ヨーロッパのサロン 消滅した女性文化の頂点』の記事でも触れたように、サロンやクラブがコミュニケーションを主目的としたクローズドの場であったのに対し、カフェやコーヒーハウスは雑多な人と情報が行きかうオープンスペースであり、よりジャーナリズムに近いところにあったとも言える。その場がどのような性格のものかによって文化の編集のされ方違うことや、その土地や国の文化、国民性によってどういう場やコミュニケーション方法が好まれ発展しやすいのかということは、もっともっと研究されてよい面白いテーマだと思う。

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