書評 『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』 ジョゼフ・E・スティグリッツ


2020年、新型コロナウイルスが世界中に蔓延。ここ数十年、そしてこれから数十年も、破竹の勢いで前進するしかないと思われたグローバリズムに、こんな逆風が吹くなんて、一体、誰が予想したことだろう。本書の初版は2001年と、ビジネス経済書としては古過ぎる感もあるが、揺るぎないグローバリズムの進展が、突然逆行し出した2020年、敢えてもう一度この本を読み返したくなった。

ジョゼフ・E・スティグリッツの経歴について説明するだけで結構な文章ボリュームになる。アメリカの経済学者で、マサチューセッツ工科大学で博士を取得した後、ケンブリッジ、イエール、スタンフォード、オクスフォード、プリンストン大学を渡り、クリントン政権下では大統領経済諮問委員会の委員長を務め、世界銀行の上級副総裁及びチーフエコノミストも務めた。2001年に、情報の非対称性を伴った市場分析の功績により、ノーベル経済学賞を受賞。

グローバリズムについて考え直す、という目的で読み始めたが、さすがに時代を感じるというか、ちょっと古過ぎたかな、と思う部分もあった。本書の大半は、IMFを筆頭とする国際的組織の政策や体制を批判することにページが割かれている。特に、ノーベル経済学者によるIMFへの名指しの徹底的な批判は、出版された当時も話題になった。時代背景としては、ソ連崩壊後に進展したロシアの民主化と97年のアジア通貨危機について、IMFが主導した政策の影響を分析するのに主眼が置かれていたのは理解できる。今読むと、あまりにIMF批判にページが割かれているので「ちょっとくどい」と感じるところもなくはない(笑)

しかしまあ、それだけ、IMFの影響は絶大であった、ということだ。スティグリッツが特に槍玉に挙げているのが、自由市場主義の台頭とラテンアメリカ諸国への経済対策の必要性から生まれてきた「ワシントン・コンセンサス」ーIMF、世界銀行、アメリカ財務省のあいだで確認された、発展途上国にたいする正しい政策に関する合意ーである。

財政赤字とインフレの抑制を何よりも優先し、資本市場を含めた経済の自由化を進める、というこの考え方は、ラテンアメリカだけでなく、全ての新興国に適用すべき、と考えられた。これが、アフリカや東欧、そしてアジア通貨危機の際の韓国やタイ、そしてソ連崩壊後のロシアに及ぼした負の影響は計り知れない。特に、ロシア民営化の中で、貧困と不平等が拡大した責任は大きい、とスティグリッツは糾弾する。

私は世界銀行に着任した直後に、ロシアで何が起こっているか、どんな戦略がとられているのかをくわしく調べはじめた。そしてこうした問題に関して懸念を表明すると、民営化計画で重要な役割をになっていた世銀のあるエコノミストは怒りをぶつけてきた。彼がひきあいに出したのは、夏場の週末にモスクワからでていく何台ものメルセデスで交通渋滞が起こることや、高級輸入品が陳列されている店のことだった。(略)相当数の人が交通渋滞を起こしたり、グッチの靴のような高級輸入品で商店をいっぱいにするだけの需要を生むほど金持ちになったことに、私は異論を唱えたわけではない。(略)ただ、一人当たりの所得が年間4730ドルの国で起こるベンツの交通渋滞は、不健全さのあらわれでしかない。富が広く分配されるのではなく、一部に集中する社会であることが明らかに見てとれる。

「ロシア」を中東やアジアのどの新興国に置き換えても、通じそうな文章である。

新興諸国の経済政策での大失敗を重ね、リーマン・ショックというとどめの一撃を喰らって、今ではIMFや世銀の強引さは少しなりを潜めたように見える。特に、何がなんでも財政赤字の縮小を最優先に掲げる、という強硬姿勢は、リーマン・ショック後の先進国のなりふり構わぬ緩和政策の前に、さすがに柔らげる必要を感じているだろう。(それはそれで問題のような気もするが)

ただ、今でも根強く燻っている問題が3つある。「インフレの抑制」「資本の自由化」「貿易自由化」と言う問題だ。スティグリッツは、この3つについて非常に懐疑的だが、未だにこの3つの考え方は、国際的な経済金融政策において殆ど神話のような正当性を持って信じられている。

だが、適正水準以下にインフレを抑えることが成長をうながすことにつながるという考えには、根拠などないに等しい。(略)一方、インフレ抑制のために過度の政策指導を行なうと真の経済成長が阻害されてしまうことには、信ずるに足るいくつかの理由がある。

IMFとアメリカ財務省は、資本の完全な自由化が地域をより急速に成長させると信じていたらしく、少なくともそのように主張していた。貯蓄率の高さを考えれば、東アジアの各国には追加の資本など必要なかったのだが、それでも80年代末から90年代初めにかけて、これらの国は資本の自由化をせまられた。私自身の考えを言えば、それこそが危機を導いた最大の要因である。

私がこの結論に達したのは、この地域に起こったことを慎重に検討したからだけではない。過去四半世紀の100件近い経済危機を調べ、そこで何が起こったかを検討してきたからである。経済危機はますます頻繁に(それもますます深刻なかたちで)起こるようになっている。したがって、危機を引き起こした要因を分析するためのデータは十分に揃っている。資本の自由化がたいていリターンのないリスクであることはますます明らかになってきている。強力な銀行、成熟した株式市場などをはじめとして、多くのアジア諸国がもっていない制度をもっている国でさえも、この自由化によって途方もないリスクが課せられるのである。

貿易自由化は約束したことを実現できないどころか、失業率を高めるだけというう例があまりにも多かった。だからこそ、強い反対が起こるのである。しかし、貿易自由化への敵意を疑いなく強めたのは、これを推進するさいに見られた偽善だった。欧米は自分たちの輸出する製品に関しては貿易の自由化を進めたが、その一方で発展途上国の競合品に経済を脅かされそうな分野については保護政策をとりつづけた。

結局、当時のスティグリッツの賢明な指摘にも関わらず、リーマン・ショック後の現在、これらの状況は1mmも改善してないように感じられる。2001年に書かれたこの本は、IMFやWTOの組織的な閉鎖性や政策の硬直性を批判するだけでなく、もっとグローバル経済の根深い問題を暗示している。それは、「自由市場イデオロギー」と「欧米(或いは白人)支配」と言う問題だ。

自由市場イデオロギーの背後には、アダム・スミスが祖とされているモデルがある。市場の力ー収益を動機とするーは「見えざる手が働いているかのように」経済を動かして、市場と効率のよい結果をもたらすという説である。近代経済学の偉大な業績の一つは、スミスの理論がいかなる意味で正しく、いかなる条件下において成立するかを示したことである。結論を言えば、それらの条件はきわめて制限されたものであった。

だが、今日のIMFを支配している市場原理主義者たちは、市場は概してうまく機能しているが、政府は概してうまく機能していないと考えている。ここに、明らかな問題がある。市場の失敗に対処する目的でつくられた公共機関が、いまでは市場にたいして大きな信頼を寄せ、公共機関をほとんど信頼していないエコノミストによって運営されているのだ。

「自由市場イデオロギー」については、『善と悪の経済学』で詳しく論じているので、ここではこれ以上掘り下げない。これは「イデオロギー」だから、ある意味哲学的な問題であり、方法論の問題でもある。より厄介なのはもう一つの方、「欧米支配」と言う構造的な問題の方なのかもしれない。

IMFの発展途上国との接し方は、実にしばしば旧宗主国のそれを思わせた。一枚の絵は一千の言葉に等しいと言われるが、たしかに1998年に撮られた一枚の写真は、その後世界中にでまわって何百万もの人びと、とりわけ旧植民地の人びとに強烈な印象を残した。元フランス財務省の官僚で、社会主義者を自称するIMFの専務理事(実質的なIMFのトップ)ミシェル・カムドシュが、小さい身体をスマートな服に包んで、腕組みをしながら厳しい表情をして立っている。そして、インドネシア大統領がその前で情けなさそうに座っている。(略)

発展途上国の人びとはこの写真を見て、ひどく心穏やかならざる疑問を抱いた。半世紀前に植民地主義が「公式」に終わって以来、事態は本当に変わったのだろうか?(略)

IMFのスタンスは、そのリーダーのスタンスと同様に明らかだった。IMFは知恵の泉であり、正当なるものの使者である。この正当性は、微妙すぎて発展途上国の人間にはわからない。そこにこめられたメッセージは、いつも明快だった。一握りのエリートー蔵相や中央銀行総裁ーが相手なら、IMFも有意義な対話ができるかもしれない。それ以外なら話をしたところで意味がない。

資本市場の自由化はグローバルな経済の安定には寄与しなかったかもしれないが、ウォール街のために広大な市場を開拓したことは間違いない。

(略)

だが、社会科学者であるわれわれは、その機関が何をしているように見えるかという観点から、その機関の行動を説明できる。IMFが金融界の利益を追求しているのだと見れば、矛盾したり一貫性に欠けたりしているように思われたIMFの行動にも筋が通ってくる。

世界を不幸にしたグローバリズムが、全てウォール街の差金だとするのはあまりに陰謀論めいているし、もちろん、スティグリッツもそこまでは言っていない。イデオロギーと欧米金融機関の利害とのハイブリッド効果が、現代のような歪んだグローバリズムをつくり出しているのだろう。この本では、金融政策が中心で、WTOの功罪については少ししか触れていないが、こちらも同じような問題が隠されているのではないか。

現代のグローバリズムは、帝国資本主義の第二形態の様相を呈している。そういう目で見ると、米国の言いなりにならない中国、ロシア、アフリカや南米の国々がやろうとしていることも、少し違った角度で捉えられるのではないか。

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