書評・小説 『十一月の扉』 高楼 方子


十一月になると読みたくなる本。

「私にとっての意味というのはね、『十一月には扉を開け。』ってことよ。どっちがいいかって迷うような事があっても、それが十一月なら、前に進むの。

家族の引越しを機に、中学二年生二学期の残り2ヶ月間だけを、素敵な「十一月荘」に下宿することになった爽子。同居人の女の子るみちゃんにせがまれて、買ったばかりの素敵なノートに物語を綴り始める。初めて親元を離れた生活、十一月荘で出会った耿介への淡い恋、個性的な同居人やお友達に触発されながら、少しずつ成長していく。

作者の高楼方子さんは、児童文学で優れた作品を幾つも手がけているが、中でもこの『十一月の扉』は、文学少女の憧れが詰まっている物語だ。爽子が書き綴る、十一月荘を取り巻く人々をモデルにした「ドードー森の物語」も可愛いし、素敵な輸入品の文房具を並べている文房具屋さんラピス、ドキドキしながら一人で紅茶を飲むお洒落な喫茶店、最終日に居間で開催されるクリスマスコンサート、少女趣味だと言われようとかまわない、元祖文学少女は爽子と一緒に胸躍らせてしまう。とびきり素敵なのは、「十一月荘」である。西洋の人形の家を思わせる、赤茶色の屋根の白い木造建の大きな家。居間には、天井まで届く本棚に背表紙の揃った本が整然と並び、その横の腰高のキャビネットの上には、若々しい色のライムポトスの鉢が、二つ三つ。食事の時間には、テーブルクロスをかけた大きな楕円テーブルの上に、ピンク色の可愛い花を刺した金色の小さな花瓶、その花そっくりの色のロゼのワインとジュースがつがれたカットグラスとご馳走の数々。『赤毛のアン』に、『あしながおじさん』に、『ケティ物語』に夢中になった文学少女にとっては反則技なくらい魅力的に思えるだろう。

まあ、要はおとぎ話なのだが、そういう洋風少女文学的な要素を思う存分取り入れているのは、ロマンティックな面だけではない。私がいいなあ、と思ったのは、そこに「親元から一時的に離れて生活することで自立する」という視点が導入されていることだ。今の日本からすると、たった2ヶ月でも、中学生が親元を離れて赤の他人と同居生活をする、なんて、恐ろしく無防備なことのようにも感じられる。現実問題としては、こんなフェアリーテイルにでも包まれない限り、中々そういうシチュエーションは成立しにくいかもしれない。でも、思春期の少年少女が、今まで慣れ親しんだ環境や家庭から一時的に離れて、客観的に親や自分を見つめ直す、という経験は、本当はとても大事なのだ。欧米(かつては日本のエリート層にも)には、教育の為に中学生ぐらいの年代から寄宿生活をする、という伝統があるが、今の日本では中学高校はもちろん、大学したり就職しても、可能ならば親元にいる、というのが至極当たり前になっている。

この物語の爽子も、「十一月荘」に住むことをきっかけとして、なんとなく心にわだかまっていた母親への不満を少し客観視できるようになる。「十一月荘」の家主である閑さんのセリフも印象的だ。

「だって、むかしの大人は、何と言うか、そう・・・立ち向かっていく相手だったのよねえ。それに比べたら、今の大人って、ものすごく砕けていて話がわかるから、子供にとっては、立ち向かうような対象にならないんでしょうねえ。じゃあ対立がなくていいのかというと、子供と同じような大人って、言ってみれば、すれた子供みたいなもので、かえって始末が悪いかもしれないの。はっと立ちどまるべき時にも、ふざけてズルズルして、それができないのよ。」

別に、思春期になった子供どうしても寄宿させよ、と言っているわけではない。今の世の中では、治安面でも経済面でも、中々現実的にそういう選択肢は取りにくいところもあるだろう。ただ、こういう視点は、昔から少年少女文学の中に伝統的にあったし、ごく自然な現象でもあった、ということは忘れずにいたい。子供が親に反抗しないで済む事が、良いことなのか悪いことなのかは、判断が難しい。当事者の親からしてみれば、客観的に判断することなんてますます難しい、というか、むしろ無理な相談だと思う。物理的な距離が必要な場合もあるし、家族という実際にはひどく曖昧で微妙なのに生まれた時から歴然としてある関係の中で、自分の客観性を保つのは難しい。だから、解消するのではなく、一旦別の関係の中に身を置いてみるのも重要なことだったりする。

私自身は、伝統的な文学を愛好する文学少女だったから、『あしながおじさん』や『ケティ物語』の寄宿生活に憧れ、早く親元を離れたくて仕方なかったし、それが受験勉強の一番のモチベーションだったとも言える。私の子供がどんな道を選ぶのかは分からないが、せめて高校卒業したら経済的にはともかく生活的には自立できてほしい、と思うし、だからこそ、そういうことを念頭においた教育をもっと早い段階からして置かないといけないなあ、と思う。そんなこと言っておいて、まだ小学二年生の上の娘は、私と一緒に寝ているから、まずこういうとこだよね、と自分で自分を戒めつつ。

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