書評・小説 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』 ジュノ・ディアス


いやー、面白かった。ちょっとワケあって海外文学作品からしばらく遠ざかっていたけど、久しぶりにこういうのを読むと、また色々読みたくなってしまう。日本の現代文学作品も好きなんだけれど、なんていうか、ずっと読んでいると、どんどん世界が内向きになっていくというか、ぶっちゃけ、その感覚の繊細さは素晴らしいけれど、あまりに枝葉末節にすぎるというか、正直、平和過ぎて世界が狭くないですか?という感じがしてしまう。そんな時に、海外文学の作品を読むと、世界観、文体、情報や歴史、今まで慣れ切っていたそれらのものが丸ごとひっくり返るような読書体験が味わえる。これぞ海外文学の醍醐味。だからこそ、時間や精神的ゆとりがある時じゃないと中々楽しめない、というのも事実。日本の現代文学のように、隙間時間に読んでもスッと世界に入っていけるわけではないので、時と場所を選ぶし、ノレないと辛い、という欠点もある、、、

それはさておき、この『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の作者ジュノ・ディアス。1968年生まれと比較的若いが、なんと初長編となる本作品で全米批評家協会賞とピュリツァー賞をW受賞したというからタダモノではない。ドミニカで生まれ、6歳の時に渡米して、貧窮状態のシングルマザー家庭で育ちながら、アメリカの大学で文学を学んだという。この彼の経験が本作品で生かされているのは言うまでもなく、ドミニカにルーツをもつ主人公のオタク少年オスカー・ワオの人生を辿りながら、彼の母親や姉を含めた壮大な物語が展開していく。

この作品を知ったきっかけは、『世界の8大文学賞』で主編者の都甲幸治さんが紹介していたからである。本書の翻訳はこの都甲幸治さんが久保尚美さんと共同で手がけている。しかし、本書を読んでみて、都高さんですらこの翻訳には手を焼いただろう、と納得。とにかく翻訳者泣かせの作品なのである。文体は、英語とスペイン語が自由自在に入り混じり、しかも、スペイン語は《必ずしも標準的なものですらな》く、《ドミニカ共和国やドミニカ系アメリカ人のコミュニティで使われる特殊な言い回しも多く、しかも発音に従ってディアスが勝手に綴りを変えていたりする》のである。加えて、SFやオタク文化用語が大量に登場し、ドミニカ共和国の歴史にまつわる多数の原注も本題とは離れて違う物語を語り出す始末。しかし、そういう文体や作品構成ひっくるめての本作の魅力、と言われればその通りであり、これを翻訳されたお二人の《超人的な努力》には、原文にあたる力量のない私は本当に頭が下がる思いである。

『世界の8大文学賞』の記事で、《ピュリツァー賞は、ジャーナリスティックな性格が強いところが、いかにもアメリカらしい文学賞だが、受賞作を見ても、「アメリカらしさ」や「アメリカとはなにか」を描いているものが多い。これはアメリカ文学自体に共通する性格でもあるが、普遍的な人間性や社会の深奥よりも、「アメリカそのもの」を主題にしたものが実に多い。それはもちろん、人種と移民の問題、ルーツ、歴史といったものの反映でもある。》と書いたが、まさに、この作品も、ドミニカ系移民のルーツとそれを踏まえた今のアメリカの姿を描いている。ドミニカのことなんて、殆ど知らなかった私だが、血と暴力と狂気に塗れたドミニカの歴史のインパクトは強烈だった。ファンタジーとしてしか昇華できないようなその凄まじさは、確かに南米のマジック・リアリズム文学を彷彿とさせる。でも、チリやキューバやアルゼンチンほど南ではない、アメリカの物理的距離はずっと近い、その位置感覚も、一種独特で面白かった。

この作品の素晴らしさは、名翻訳者であると同時に鋭い海外文学評論者でもある、訳者の都甲さんに語っていただこう。

この本を読んで感じるのは圧倒的な新しさである。アメリカ合衆国とカリブ海を貫く暗黒世界を構想する幻視力の巨大さはトマス・ピンチョンの用だし、マンガ、アニメ、SF、ファンタジーなどの知識が大量に投入されているところは中南米マジック・リアリズムのポップ・バージョンみたいだ。そしてアメリカを代表する文学賞を二つも獲得した上で、大ベストセラーにもなった。ここまで新しくて面白い、というのは尋常なことではない。本書の登場は21世紀のアメリカ文学における一つの事件である。

訳者あとがきより

いやほんと、まさになんでもあり、の絶対的に新しい作品なのである。ポップさが弾け飛び、ファンタジーが乱れ飛ぶ。歴史とルーツが蘇り、現代のアメリカが漲って、それなのに万国共通の若者的ナイーブさとオタクさも味わえる。私は『指輪物語』も途中で挫折したし、映画『ファンタスティック・フォー』も観ていないが(この2作品からの引用が特に多い)、それでも十分に楽しめた。こういうのがお好きな人にはさらにたまらないだろう。南米文学のマジック・リアリズムが好きな人にも、また違う楽しみが味わえる作品である。独自のルーツを内包しながら、別次元のポップで即物的でエンターテイメントな世界が広がっていく。それがピュリツァー賞が認めた「アメリカらしさ」ということなのだろう。

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