書評・小説 『小さいおうち』 中島京子


第143回直木賞受賞作。山田洋次監督によって映画化された話題作である。私は中島京子さんの本は読んだことなかったのだが、SNSでよく紹介されていて気になっていた。主人公の女性タキが、昭和初期に女中奉公に出ていた頃を晩年になって回想する、という物語。

うん、とっても面白かったし個人的にかなり好きな部類の小説。いろんな要素が上手く組み込まれている。タキの目を通じた昭和初期の東京の中産階級の暮らしぶり、彼らを取り巻く戦争の印象、フェミニズム的な要素、それからもちろん、タイトルから分かる通りバージニア・リー・バートンの有名な絵本『ちいさいおうち』へのオマージュ。それらが全部重たく深く、ではなく、淡くなぞるように描かれているところがいい。

美しいけれどどこまでも「奥様」の領域を出ない時子夫人と、全く違うタイプなのに彼女の親友であり続ける職業夫人の睦子や、彼女を慕いながら恋愛も結婚もせずに女中として働き続けるタキ。なんとなく、村岡恵理著『アンのゆりかご』の村岡花子や林真理子著『白蓮れんれん』の柳原白蓮を思い出す。彼女のような激しさや華やかさは無いけれど、やっぱり昭和初期の女性ならではの葛藤や逞しさ、そして女同士で互いに支え合い励まし合うような関係がとても印象的った。

タキが隣組の訓練で防火担任者を任され「いまで言ったら、キャリアウーマンということになるのだろうか」と回想すると、甥の息子である健史に否定される、なんてところも面白い。男性の健史には分からないかもしれないが、完全男社会の大企業の中で限定された役割を与えられて「キャリアウーマン」などと喜んでいるところは、案外遠からずなのでは無いかな、なんて思う。作者がそこまでの皮肉を込めて書いているかは分からないけど。東京オリンピックを目前に大騒ぎしていた割に、戦争の影響で中止になるとあっさり忘れ去られ、次の戦況のニュースに世間の関心が移ってしまうようなところとか、現代の様子と昭和初期の様子が重なって見えて、なんとなく不気味さがあって描き方が上手いよなあ、と感心してしまう。

バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』をきっかけに、訳した石井桃子だとか、昭和初期の美術雑誌『みづゑ』に掲載された梅原龍三郎、藤田嗣治だとかの名前が出てくるのも心憎い演出。こういう風に、一つの本が物語が、別の本や物語に広がっていく仕掛けが、個人的にとても好きなのだ。これについては、著者の中島京子さんご自身が、「note」で関連書籍を紹介しているので、ご興味がある方は是非一読を。

物語の構成もいい。タキが回想する手記をベースに、現代のタキと健史のやりとりが挟まれ、最後はタキが亡くなった後を健史が引き継ぐ。ラストはタキの手記からは巧妙に隠されていた真実が明るみに出て、現代文学に流行りの(?)「記憶」と「語り」の問題も暗示されている。直木賞選考にあたり、選考委員の宮部みゆきは「この設定ならもっといろいろなことができるのにもったいない」と評したそうだが(Wikipediaより)、この色々サラッと盛り込んだ軽さが私は好きである。物語がドラマティック過ぎないところが良いのだ。タキの時子夫人に対する、今なら「LGBT」と呼ばれてしまいそうな感情も、とてもとても淡く描かれている。そういうところが、返って芯の強い余韻を感じさせていると思う。

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