書評・小説 『異人たちとの夏』 山田 太一


私にとって季節感と読書というのは結構大事で、特定の季節に特定の本を読みたくなる。特に夏を感じたい本というのはたくさんあって、先日記事を書いた池澤夏樹さんの『カイマナヒラの家』なんかもそうなのだが、シドニー・コレットの『青い夏』とか小川洋子さんの『ホテル・アイリス』とか、毎年のように読み返してしまう。この小説は、ちょっと違った感じの「夏」、私にしては珍しいちょっとホラーな「夏」を感じる本として、気に入っている本である。

『ふぞろいの林檎たち』など多くのヒットドラマを手掛けた脚本家山田太一さんが1983年に発表した小説で、第一回山本脩五郎作を受賞、映画化もされた名作である。離婚したばかりで仕事場のマンションに1人住み込むことになったシナリオライターの男性が、同じマンションに住んでいる不思議で魅力的な女性と知り合ったり、幼い頃交通事故で亡くなった両親と故郷の町で再会したりする一夏。

数年ぶりに読み返してみて、主人公の中年男の孤独と哀愁が、ぐっと胸に染みたのはさすがに自分が歳をとったからだと思う(笑)。中年男の脚本家が書いた、中年男のシナリオライターを主人公とした物語なのだから、その孤独と哀愁には自己憐憫と自己陶酔的なものが混じっていそうだが、それすら客観視するような一種のドライさと相反する人情味が両立していて、文章の歯切れもよく、読んでいる者を最後まで惹き付けて離さない。

P59

なんという生活をしているのだろう。次々と目前に現れる出来事に反応し、一時的に興奮し、しかしそれらは次々と遠くなり蓄積にはならず、また私は次々と新しい日に反応して成熟もなく、気がつくとおいさらばえているのだ。

P137

無論それは親が悪い。親としても亭主としても俺が悪い。なにもかも悪い。本気でそう思っているわけではないが、窓から夜景を見て、自分を黒く塗りつぶしていると、小さな快感があった。

全体として不思議な怪奇譚には違いないのだが、あんまりそういう感じをさせないでいて、物語の最後の最後で突然ヒヤっとホラーな展開になるところも好きである。そういう意味では起承転結がはっきりしたストーリーなのだが、大円団とならないところも憎い。うまくいかない息子と打ち解けるわけでも、幽霊となって(かなりお門違いな)恨みを晴らそうとしていたケイと和解するわけでも、主人公の孤独が去るわけでもない。ハッピーエンドではないのに温かみの残るラストである。

あと、歳くってからこの小説が面白いと思う理由はもう一つ、書かれた時代80年代感の漂う懐かしさである。主人公の業界の人たちのバブルっぽさ、主人公の住むマンションのオートロック機能をわざわざ詳細に説明していたり(当時は最新で珍しかったからだろう)、主人公が一人でレンタルビデオでエディ・マーフィーの新作を借りてきてビールを飲みながら見るところなど、なんとも言えず80年代でもはや新鮮でさえある。

調べてみたら、映画化作品の主人公役は風間杜夫、ヒロインの幽霊ケイ役は名取裕子と、これまた80年代を感じられそうなキャスティング。両親役片岡鶴太郎と秋吉久美子というのもぴったりでないか。あまり邦画に興味のない私でも観たくなる。そんな懐かしさで心を動かされているあたりが十分おばさんである。

Follow me!


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。