書評・小説 『マーシイ』 トニ・モリスン


カズオ・イシグロの『浮世の画家』の記事でも書いたが、ある種の物語性の強い海外小説というのは批評するのがとても難しい。しかし、これほど批評しにくいものもないのではないか、というくらい難しいのがトニ ・モリスン。それは、カズオ・イシグロの比ではない(笑)

物語に浸っているのが決して心地よくはなくて、痛いくらいなんだけど、それでも引き寄せられる。主語や目的語が曖昧で、文法を無視したような表現が多いので、翻訳家泣かせだなぁと思うのだが、彼女の文章には古典や叙事詩を読んでいるような不思議な感覚を呼び覚ます力がある。

アフリカンアメリカンで初めてノーベル賞を受賞した作家として知られるトニ・モリスン。出会いは大学の英文学の講義だった。『ビラブド』は忘れられない作品だ。アフリカンアメリカンの歴史や差別問題に特別の興味を持っていたわけではないが、この作品はさすがに衝撃的だった。

本作品の『マーシイ』は、その『ビラブド』に対をなす作品とされている。アフリカンアメリカンの歴史、その痛みは、ほかの彼女の作品と同じくここでも重要なファクターではある。だが、『マーシイ』では、ネイティブ・アメリカン、さらには白人の農奴やヨーロッパ本国に居場所がなく追われるように移民してきた白人女性たちまで、迫害され傷つけられた者達の姿が描かれている。

彼女の本には宗教的な救いもない。でも、力強さはある。余りの痛みに、怒りや絶望も一度昇華されてしまったかのような、本当に古典を読んでいるような不思議な感覚なのだ。

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