書評 『ホテル博物誌』 富田 昭次


森瑤子の短編集『ホテル・ストーリー』の記事でも書いたが、ホテルが好きなのである。今年の夏休みも、「Stay」なんか「Go」なんかどっちじゃい、と思いながらも、小さな子供を家に縛りつけてもおれず、結局、プール付シティホテル2軒、会員制リゾートホテル1軒、休暇村のコテージ1軒、と、1ヶ月の間に近場で4つのホテルをはしごした我が家です。

そんな私なので、元ホテル専門誌の編集長富田さんが書いたこの本、めちゃめちゃ面白かった!様々なホテルについてのエピソードを、文学、世界の豪華ホテル、日本美術、歴史上の事件、ホテルライフ、グルメ、音楽という7つの切り口で紹介している。興味の無い方からしたら全然面白くないと思うのだが、私は大好物、って言うか、なんなら私がこういう本を書いてみたかった!と思うくらい。いやまあ、でも、とてもこの富田さんのホテル愛と知識の深さには及びもつかないので、まずは弟子入りしたかったくらい、ですかね。

広範な分野で興味深いエピソードが幾つもあって、とても紹介しきれないが、とりあえず、このブログの記事とも関わりがある文学的エピソードを幾つか。

冒頭の森瑤子『ホテル・ストーリー』からは、「東京ステーションホテル」が取り上げられていた。東京駅の駅舎の南側部分を利用したこのホテルは、特異な立地にあるためか、作家の興味の的になり、他にも山崎洋子の「ブルーレディに熱い夢」、夏樹静子の『東京駅で消えた』、恩田陸の『ドミノ』などで舞台を提供している。それから勿論、川端康成の『女であること』でも、大阪から家出してきた若い娘さかえがステーションホテルに一人で滞在し、忙しなく行き交う東京駅の人々を眺めてた、という有名なシーンが紹介されている。

川端康成だけではなく、文豪とホテルは切っても切れない関係にある。森鴎外の短編『普請中』は、当時改築中であった銀座の築地精養軒ホテルを舞台にし、日本国自体がまだ西欧の国に比べて「普請中」である、という二重の意味を題名にこめている。この築地精養軒ホテルは、『舞姫』のモデルと言われるドイツ人女性が鴎外を追って来日した時に滞在したらしい。

三島由紀夫は大島が好きで、昭和10年に開業した大島観光ホテル(後の大島小涌園)を度々訪れ、このホテルを舞台に短編「灯台」と「火山の休暇」を書いている。

地方の豪華ホテルと言えば、山崎豊子の『華麗なる一族』での志摩観光ホテルを忘れるわけにはいかない。何度もドラマ化された人気作だが、この華麗な銀行家一族の物語の幕開けは、志摩観光ホテルの英虞湾を望む豪華なダイニング・ルームから始まる。多くの著名人が舌鼓を打ち、近年ではサミットも開催されるほど有名になるこのホテルのダイニングを始めたのは、地元、賢島出身の料理長高橋忠之、当時は劣悪だった厨房の環境を一新し、近代的で開放的な厨房を開発した。山崎豊子は、『華麗なる一族』だけでなく、処女作『暖簾』をはじめ、『花のれん』や『女の勲章』『不毛地帯』の書き出しも、このホテルの一室でしたためたそうだ。

グルメで鳴らしたホテルと言えば、神戸のオリエンタル・ホテルである。神戸オリエンタル・ホテルについては、このブログでも「阪神スノビズム文学散歩」の記事で触れたが、田辺聖子さんのお気に入りで、小説『おかあさん疲れたよ』『休暇は終った』でも、このホテルのレストランが登場する。神戸ホテルのグルメの歴史は古い。明治二十二年にこのホテルに滞在した、映画『ジャングル・ブック』や『王になろうとした男』の原作で知られる作家ラドヤード・キプリングは、ペナン島のオリエンタル・ホテル、シンガポールのラッフルズ・ホテル、香港のビクトリア・ホテルの世界的名門ホテルの名を挙げたのち、《しかし、神戸のオリエンタル・ホテルは、いま述べた三軒の店をはるかに凌駕していたといっても過言ではない。》と、絶賛していると言う。

同じく関西の迎賓館ホテルとしての役割を担って明治四十二年に開業した奈良ホテルのダイニングも忘れてはならない。この奈良ホテルには、「幣原外交」で有名な幣原喜重郎の所蔵美術品を多く所蔵されていると言う。本書では、このホテルの格式の高さに日本人客が気後れする様子を、俳人の高浜虚子が「国民新聞」の連載記事で記しているところが紹介されている。田辺聖子のエッセイ『ほっこりぽくぽく上方さんぽ』で、海軍兵学校の生徒が奈良ホテルに滞在したエピソードが載っていたのを思い出した。

ホテルの本場、欧米に目を向ければ、それだけで何冊も本が書けようというもの。ほんの一例だけ紹介すれば、例えば、グレタ・ガルボ主演を始め、何度も舞台化・映画化された『グランド・ホテル』の原作は、1907年にベルリンはブランデンブルク門の隣に開業したホテル・アドロンがモデルだそうだ。このホテル・アドロンは当時の皇帝ヴィルヘルム2世も度々滞在したらしく、『ヴェニスに死す』のトーマス・マンも定宿にしていた。そもそも、『ヴェニスに死す』が、ヴェニスに実在するホテル・デ・バンを舞台としていて、ホテル滞在というものは、作家や芸術家と切っても切れない関係にあるのである。

『グレート・ギャツビー』のスコット・フィッツジェラルドが、映画の脚本を書くためにハリウッドの「アラーの園(The Garden of Allah Hotel & Villas)」という名前のホテルに滞在したことに興味を持ち、村上春樹がそのホテルを訪ね歩いたエピソードを紹介しているのも面白い。(『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』より。村上春樹とフィッツジェラルドとの関わりについては、記事「ロングアイランドより愛をこめて」をご参照)フィッツジェラルドが自分たち夫婦を投影して書いた長編小説『夜はやさし』も、裕福なアメリカ人カップルの主人公達が、南仏のリヴィエラ、パリ、アルプス、ミュンヘン、ローマと、様々なホテルを転々とする話である。

とまあ、とにかくこんな風に、ホテルを巡る文学エピソードは尽きないのである。他にも、ホテルオークラや目黒雅叙園の所蔵品、星ヶ丘茶寮の跡地に建てられた東京ヒルトンホテル(後のキャピトル東急ホテル)のラウンジに掲げられた横山操の「富士」、グランドヒハイアット東京の結婚式場に飾られた千住博の滝の壁画、といったホテルと美術に関する話。それから、「バイキング」という言葉を創始した帝国ホテルが、この食べ放題形式を始めたのは、社長がスウェーデンの伝統料理スモーガスボードに触発されたのだというグルメエピソード、などなど、魅力的なエピソードが満載なので、興味のある方は是非読んでほしい。ただし、興味の無い方には「だからなんだよ」と言いたくなる本ですので、悪しからず(笑)

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