書評・小説 『百年の預言』 髙樹 のぶ子


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本作品のストーリーは中々ダイナミックで複雑だが、1986年革命前夜のルーマニアとオーストリア・ウィーンを舞台に、外交官の男性・真賀木奏とバイオリニストの女性・走馬充子の激しい恋愛が描かれる。些細な偶然から、ルーマニアからの亡命者でオーボエ奏者センデス・ヴォイクから、ルーマニアを代表する国民的音楽家ポルンベスクの自筆の楽譜を手にする真賀木奏。その楽譜には、ルーマニア独立に繋がる重大な秘密が隠されていて、、、話は、ミステリーサスペンス風な要素も色濃く出しながら、ドラマチックに展開していく。

ウィーンの街の伝統的で美しいゆったりとした雰囲気、革命前夜のルーマニアの貧しく暗く淀んだ空気、それと対照的に美しく広がる自然の景色、まだ眼にしたことのない東欧の叙情的な風景が、瞼の裏に浮かんでくるようだ。

ストーリーは、政治的、国際的な事情を背景としていても、あくまでこれはラブストーリー。徹底的に男女の性愛について掘り下げている。外交官で理知的で理性が先立つ真賀木奏と、芸術家で感情と本能の赴くままに行動する走馬充子という、ある意味余りに単純化された男と女の物語。作品中、セックスについて具体的で詳細な記述が多々あるが、深い洞察力で男と女の違いがよく描かれているし、作者の女性の割りに硬質的な文章も、官能小説風に陥るのを防いでいる。性の喜びを与えている満足感を覚えながらも、たった一人で高みにのぼりつめていく女の姿にどこか不安をおぼえる男の姿とか、盛り上がる場面でさらっと冷静な描写が挟まる。

この作品では、作者は意識的に、作者としての自我を強烈に主張している。フィクションの世界の中で、誰かわからない第三者の作者が、意見や感情を表明してくる。そのせいで、フィクションと現実との境界線が曖昧になる、という効果がある。

しかし、私としては、全体的に作者が饒舌過ぎるのが気になってしまった・・・ストーリーは本当によく練りこまれていて、外交官の生活ぶりや知的エリート男たちの思考回路など、細かい点までリアリティがあるし、男と女の性愛の深いところにまで洞察が及んでいると思うのだが、ちょっと言葉と描写が豊富過ぎる感じ。個人的にはどうしても、表現が硬く響いてしまうところが気になるのだが、理知的で精緻なところと、情感溢れる、叙情的なところが良い感じにミックスされていて、洗練されて磨き上げられた感じの文章だとも言える。

そして、ストーリーとかプロットとかのつくりは本当に素晴らしい。日本人で、女性で、ここまでしっかりとした筋をつくりこめる作家は中々いないのではないかと思う。逆に、ストーリーが凝り過ぎていて、描き出したいことがぼやけてしまう印象なのが、もったいないくらい・・・
エンターテイメント作品としても非常に優れているので、他の作品も読んでみたいと思った。それから、いつか必ずウィーンとルーマニアに旅してその景色を眼にしたい、とも。

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